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アート作品と建築の共鳴|菱田昌平とWHITESTONE が描くアートのある暮らし
2024.08.09
ART × ARCHITECTURE
アートと建築は、常に互いに影響を与え合いながら発展してきた。建築は空間を形作り、アートはその空間に命を吹き込む。例えば、ルネサンス期の教会建築では、建物自体が芸術作品であり、内部には美しいフレスコ画や彫刻が施されていた。特に現代では、双方に高い創造性と独創性が求められている。アートと建築の共鳴が、空間に深みと魅力をもたらし、私たちの生活を豊かにするのだ。
ホワイトストーンギャラリーは、従来よりアートと空間の関係性に強い関心を抱いてきた。今回、アート作品の展示空間や建築の重要性に改めて目を向けた「ART × ARCHITECTURE」プロジェクトを発足。アートと建築の密接な関係を探求し、新たな可能性を追求することを目指す。第一弾となる本記事では、大工アーティストとして活躍する菱田昌平とともに、住空間におけるアートと建築の融合を模索する。
厳しい長野の冬を乗り越えるための薪暖炉。作品は、緻密な描写と静謐な空間を日本画で表現する二川和之の《ロフリグターン 20-A》。
表現する建築:アートと建築の出会い
長野県坂城町の自然豊かな環境に佇む菱田昌平の自宅「ベルギー民家の家」。この家は、ベルギーの伝統的な民家にインスピレーションを得て、菱田自身が設計した。太い丸太(ティンバー)で柱や梁を組み、曲がりのある栗をあえて使用することで、ヨーロッパの温かみを感じさせる独特のカーブを作り出している。
「ベルギー民家の家」外観 提供:菱田工務店
夏の暑さが感じられる7月上旬に訪れた際、1階の大きな窓からは青々と茂る草叢と山々が見渡せた。初夏の暑さにもかかわらず、モルタルに墨を混ぜた土間敷きのおかげで、家の中はほんのり涼しい。素朴な柱や梁、藁を混ぜた土壁が、シンプルでありながらも穏やかで包み込むような空間を作り出していた。
多くの人々はアートといえば、ホワイトキューブの真っ白な壁に展示される情景を思い浮かべるかもしれない。しかし、この家の暖かみのある色とラフな質感の土壁が、アートをさりげなく日常の中に溶け込ませている。
角の二面ガラスから外の緑が見渡せる部屋には木材を基調とした家具が並ぶ。左壁には悠然と聳える山を描いた二川和之の《春来尾瀬》、右壁には「イノクマ・ブルー」と称されるウルトラマリンブルーで高い評価を得る猪熊克芳の《IN BLUE Oct '22 (I)》が飾られている。
ティンバーフレームを見せつつ、天井まで続く土壁が柱の個性を際立たせる。土壁の素朴な風合いは、そこに飾られる色を選ばない。色彩豊かに円や曲線を表現した田中敦子の作品《No.25》と、伝統技術「木目金」を用いたMADARA MANJIの立体作品。
住空間にアートを:絵を飾ることで得られる豊かさ
家族のリビングルームに飾られた角谷紀章の《Curtain#34》。作家が ”ノイズ”と呼ぶカーテンのようなレイヤーの向こう側には、碧くゆったりとした清流が覗く。
今回「ART × ARCHITECTURE」プロジェクトでコラボレーションを行ったのは、長野県坂城町を拠点に活動する「HISHIDA」である。HISHIDAは、大工アーティストである菱田昌平のエッセンスを継承した家づくりのブランドだ。「古る、美る。」(ふる、びる)をコンセプトに、時間とともに味わい深くなる美しさを追求し、クラフトマンシップに根ざしたものづくりで、造り手の魂が息づく暮らしを提供している。建築を通じて美しさを表現する菱田にとって、自身の家とアートの出会いはどのようなものとなったのか?
インタビュー中の菱田昌平。右奥の壁にはドイツを拠点に活動する綿引展子の《Paradies–Zusammen》が見える。和紙やテキスタイル、オイルパステルといったメディウムを使い、不思議な表情を湛えたモチーフが描かれている。
ー居住空間において、大切にしていることはなんですか?
菱田:私が暮らしの中で一番大事にしているのは、美しさと居心地です。これは設計や建築をする場合においても同じです。家の中も外も関係なく、居心地を創造したい。そのため、居心地と美しさを最も大切にしています。
アイレベルに合わせてアート作品を飾ることで、日常生活の中で自然にアートと向き合える時間を作ることができる。作品は生涯を通して「円形」と向き合ってきた名坂有子の作品《無題 NY-32》。
ーご自身が設計・建築した自宅にアートがあるのを見て、どう感じましたか?
菱田:暮らしが豊かになる感覚がありました。心が踊る、といった感じでしょうか。私は地球の素材と人間の手仕事を美しく調和させる空間を常に目指しています。そのため、私の建築では出ない色合いがアート作品によってもたらされる。それを見ると、空間全体が踊って、心も踊るような、そんな気持ちになりました。
2階に設けられた小上がりスペースには高窓から明るい日差しが降り注ぐ。寺倉京古の作品《たまゆら M-5》が、陽だまりのなか純白の髪をなびかせる。
ー建築とアートの相乗効果や、新たな可能性はありますか?
菱田:私は建築を作る時に、同じ素材の美しさを融合するということをよくやります。空間の中であれば建築と家具。外であれば、外光と暮らしという風に。そこにアートが入ることで、相互に魅力を引き出し合うのではないでしょうか。特に暮らしのメリハリと魅力がより増すんだろうなという感じがしました。一度アートを飾ると、やめられないくらい必要不可欠なものになりそうな予感がします。
キャンバスのように佇む窓からは、青々と茂る草花と遠くに聳える山脈が見える。窓右横の造形作品はハイレッド・センターのメンバーでもある、高松次郎の《鍵の影 No.204》。
新たな価値の創造:アートと建築の調和
今回訪れた自宅は、日本の伝統的な建築をモダンにするプロジェクトを多く手がけてきた菱田昌平が、毎年家族とともに訪れるベルギーで受けた感銘に端を発している。ベルギーの伝統建築に感じた愛らしさや郷愁に、自らの大工哲学を織り交ぜ、日本の伝統とベルギーの歴史的建築が融合した住まいを目指した家だ。
建築物は単なる居住空間ではなく、アート作品が息づくことで、より豊かな意味と価値を持つ。アートの存在が、空間に新たな視点と感動をもたらし日常に彩りと奥行きを与える。建築とアートの融合の美しさはそこに住まう者の心を豊かにし、新たな輝きを添えるだろう。
窓を開け放てば外と内が一体化するようなシームレスな状態に。重ねた金属を幾千回も鍛金して作られたMADARA MANJIの作品が、自然と人との関係を静かに提示する。