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線と色で描き出す、人物と社会の声:クレマン・ドゥニインタビュー

2025.04.14
INTERVIEW

クレマン・ドゥニの絵画は、動きと線が交差し、色が感情を語り出す。想像と記録の間で形づくられる豊かな「人物」たち。その背後にある、作家の問いとは? 作品の技法からテーマ背景まで、作家本人に話を聞いた。

息づく素材としての「紙」

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ホワイトストーンギャラリー台北

以前のインタビューではこだわっている道具や素材に手を挙げていましたが、今も手で描いていますか?技法に変化はありますか?

ドゥニ:2011年に、自分の身体を道具として使う実験を始めました。翌年は、手を直接絵具に浸してみたんです。そのとき、強い一体感を覚えました。絵具は単なる素材ではなく、それ自体を通してひとつの言語を築くことができるような感覚を得たんです。それ以来、指や手を使うことは作品制作の中で重要な役割を担っています。ただ、技法や表現の幅を広げたいという思いから、近年は他の道具も取り入れるようになりました。異なるリズムで絵具をのせることで、画面に多層的な展開が生まれ、より豊かで興味深いものになるんです。自分が使う道具と、取り組むテーマのあいだにはいつも関係があります。

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ホワイトストーンギャラリー台北

ー紙にこだわられていると伺いました。どうして紙に注目しているのでしょうか?

ドゥニ:私にとって作品とは、生きていて、力強く、常に変化し続けるものであるべきだと思っています。だからこそ、キャンバスではなく紙を選んでいます。紙は有機的な素材で、アクリル絵具や描画用具と組み合わせれば、制作のスピードも上がり、一定のエネルギーを保ったまま作業を続けることができます。

技術的な面でも、紙はとても豊かな表現を可能にしてくれます。絵具の水分が紙の中に染み込み、層のように重ねた筆致と交わることで、複雑な質感が生まれます。紙は作業の深さに応じて反応が変わるので、筆の動きひとつでその上に乗せる色にまで影響が出てきます。つまり、うっかり失敗すればその痕跡が残りますし、できればミスは最初から避けたい。それは、私たち人間の行動や選択が未来に影響を及ぼすという点でも似ていると感じます。

動きは線に、感情は色に

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クレマン・ドゥニ《The Wait - Watching the Traces II》2024, 90.0 × 70.0 cm, Mixed media on paper

ー《The Wait》シリーズと身体の動作の関係性は?

ドゥニ:《The Wait》シリーズには、いくつかの影響と試みがあります。「動き」の表現に関しては、オーギュスト・ロダンの晩年の素描に強く影響を受けました。ロダンのドローイングは、ポーズを取るモデルたちの動きを描いていますが、それは同時に「待つ」姿でもありました。私は彼の人生最後の30年間の作品を思い出しました。そこでは、未完成に見えることがあっても、流れるような線と表現力で感情の強さが伝わってきます。構図の精緻さや形の配置の巧みさに感銘を受けて、私も作品に動きやダイナミズムを取り入れるようになりました。《The Wait》に登場する人物たちは「待つ」存在ですが、その心理状態は受動的ではなく、道を探し続ける“能動的な待機”なのです。

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ーシリーズごとに異なる色彩は、どんな意図から生まれたのでしょう?

ドゥニ:色については、常に扱っているテーマに従って選んでいます。《The Struggle》シリーズのなかでも、特に紙を編んだ作品では、背景に青みがかった層を重ね、「生命の水の中にいる私たち」というイメージを表現しました。溺れているように感じることもあれば、水面に浮かぶこともある。流れに身を任せて、うまく進めることもある。そんな人生の局面を重ねています。

私のカラーパレットは年々変化してきました。今は鮮やかで酸味のあるような色に惹かれています。テーマをより引き立てるためです。ヨーロッパの絵画では柔らかい色調(たとえば茶や黄)が主流ですが、私はそれに抗うようにして、強い色を使うようになりました。《The Escape》では、時間とともに色あせたイタリアの宗教画からインスピレーションを得つつも、あえて明るく、時にポップに寄った色彩で描いています。

線について言えば、《The Wait》では「関与」と「力」のような感覚を画面に取り入れたいと考えていました。ほとんど消えかけた輪郭が重なり合い、複雑な形をつくり出す。そしてそこに、明るい色で描いた細い線を重ねることで、緊張感のある構成が生まれます。

誰かを描くという問いから始まる旅

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ーあなたの作品に登場する人物には特定のモデルがいるのですか?それとも想像によるものですか?

ドゥニ:両方あります。シリーズによって異なりますが、私はまず描きたいものを想像することから始めます。そのあと、自分が集めてきたアーカイブ画像を見直します。資料は家族写真、自分で撮ったり収集した写真、広告やポストカード、戦争資料などがあります。そこから頭の中でコラージュを組み立てたり、スケッチを描いたりします。私はある意味ではインターネット世代の純粋な産物です。実際に世界を体験する前に、まずはデジタルで出会ってきました。

一方で、風景画にはもっと混合的な要素があります。西洋と東洋が交差していて、ときには「パターン」という主題に取り組む際、無意識のうちにアフリカや中東の影響を受けていることに気づかされます。それらの影響は、形式的な面だけでなく、文化的な深みとして作品に溶け込んでいます。

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ー今回の展覧会に含まれる3つのシリーズは、それぞれまったく異なる出発点から着想されています。最もインスピレーションを感じるのはどんなときですか?日常生活の中で、アイデアはどのように浮かんできますか?

ドゥニ:私の頭の中は、好奇心から得たあらゆるものを蓄えていく巨大な図書館のようなものです。だから、インスピレーションがいつ、どのように、なぜ生まれるのかを明確に言うのは難しいですね。

私のシリーズはたいてい、社会的な問題や頭から離れない問いに対する本能的な反応から生まれます。私の作品は間違いなく政治的です。けれどそれは政治家についてではなく、「Cité(=社会)」について。つまり、私を突き動かすのは人々の営みであり、政治そのものではありません。今、世界中で建てられているのは図書館ではなく、壁です。私の作品は、図書館のほうの道を選んでいます。

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ホワイトストーンギャラリー台北

《The Escape》シリーズは難民の歴史を参照しています。今日でも多くの人々が戦争によって故郷を追われていますが、このシリーズを通してどんなメッセージを伝えたいと考えていますか?

ドゥニ:《The Escape》シリーズで私が目指したのは、人々を私たちの共通の起源である「ホモ・サピエンス」へと立ち戻らせることでした。そのため、私はラスコーの洞窟壁画のような最古の描画や、ユダヤ人の出エジプトを描いた初期キリスト教のフレスコ画の断片を探究しました。そして今回台北で展示した作品では、さらに南島語族の移動史へのさりげない言及も加えました。

私が観客に促したかったのは、より深い対話です。国家が領土をめぐって争うこの現代において、「私たちはどこから来たのか」という根源的な問いを共有すること。台湾の過去300年だけを語るのではなく、もっと原始的な、紀元前三千年よりもさらにさかのぼる時代へと目を向けたかったのです。

台湾は特定の国家の支配に属する以前、先住民の土地でした。そのため、私はこのシリーズに取り組むにあたって、台湾の先住民族、とくにパイワン族、ブヌン族、タイヤル族、アミ族の歴史や文化、工芸、衣装の色彩を丁寧に調べました。実際、《The Escape》シリーズの作品には、彼らの服に見られる色が取り入れられています。

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ー今回の展覧会のタイトルは《Beyond the Lines, Where Borders Collapse II》ですが、このシリーズは今後も続けていく予定ですか?

ドゥニ:私はこの展覧会を《The Wait》《The Escape》《The Struggle》3つの段階に分けて構想しましたが、自分の中ではまだもう一段階足りないと感じていて、それが《The Creation》です。《Beyond the Lines》シリーズにおいて私が立てた問いに対し、「創造」は最後の大きな道筋になると考えています。人がどこへ向かうのかを知るには、東西南北、4つの方角に自分の立ち位置を置く必要があるため「第四の段階」を展開させる必要があるのです。

そのために今、私は国立台北芸術大学(NTUA)の女性ダンサーたちと協働を始めています。また、布拉瑞揚舞団(Bulareyaung Dance Company)の男性ダンサーたちによる身体の表現にも大きなインスピレーションを受けています。ダンスは身体によって創造する芸術であり、私が人間の身体やフォルムに取り憑かれていることを考えれば、ダンスはきわめてふさわしい表現媒体なのです。

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描くことは、社会と向き合うこと。歴史と、記憶と、個人の声。クレマン・ドゥニは、静かに、しかし確かな輪郭でその問いを描き続けている。

ホワイトストーンギャラリー台北でのクレマン・ドゥニの個展は2025年4月26日まで開催中。オンラインでも作品をご覧いただけます。



クレマン・ドゥニ:Beyond the Lines, Where Borders Collapse II

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