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東洋と西洋が交錯し想像を刺激する|デモス・チャン個展『神畫』
2023.01.12
INTERVIEW
画面の中からこちらを静かに見つめる動物たち。生物が世界に溶け込むように交わる様が見るものを惹きつける。ホワイトストーンギャラリー銀座新館では、台湾人アーティストであるデモス・チャンの個展『神畫』が開催。「神畫」とは、中国語で『ハリー・ポッター』に登場するファンタスティック・ビー スト(空想上の獣たち)の研究、を表す造語である。“動物は人間の最も純粋な姿” と語り、これまでは実在する動物だけを描いてきたデモスが、日本での個展で初めて空想上の獣を描く。東洋哲学への偏愛と西洋科学への敬意を「神畫」で表現した今展について、作家にインタビューした。
デザイナーからアーティストへ
展示風景
ーデモス氏はキュレーター、デザイナー、そしてアーティストと幅広い活動をされていますが、アーティストとして活動しようと思ったきっかけは?
デモス:何もない所から何かを生み出す行為が好きです。また、幼い頃から美しいものを観る機会が多く、アートは身近な存在だったので、デザインの道に進みました。しかし、いざデザインの世界に身を置いてみると、厳しいビジネスルールのもとで、モノ、空間、ブランド等を作り続けていました。デザインには18年間携わりましたが、自分の能力を制限されているように感じ、“自由に創ることができない”と思うようになったのです。
そこで、最も純粋な創造のかたち、つまりアートへと戻ることにしたのです。そして制作しているうちに「正直さ」こそが芸術の本質であると思うようになり、これが自己回復のきっかけとなりました。私がアートを選んだのではなく、アートが私を癒してくれているのだと感じるようになったのです。長年アート以外の領域で仕事をしていましたが、今ではアーティストにならない理由が見つかりません。
展示風景
ー作品のテーマやモチーフはどのように決めていますか?
デモス:私は動物しか描きません。というのも、動物は人間の最も純粋な姿だと思っているからです。彼らは生存が脅かされた時に、その暴力的な本性を発揮します。あとは気楽なものです。 そのシンプルさこそ、人間に欠けているものだと思います。
作品のテーマは、すべて私の日常生活から生まれています。子供たちとのおしゃべりや、友人とのコーヒーブレイク……。どんなに仕事が忙しくても、毎日の出来事が私の絵の題材になっています。絵を描くことで、日記のように人生を記録している、とも言えますね。
展示風景より、デモス・チャン《CHEERS, FAMILY》2022, 90.0 × 140.0cm, Canvas, Mixed Media
東洋と西洋の交錯
展示風景より、中央作品にメインビジュアル《CROSS》2022
ー今展のタイトルでありテーマである『神畫』について教えてください。
デモス:今展ではドラゴンやユニコーンという、想像上の動物を初めて描きました。いずれも神話によく登場するキャラクターで、ユニコーンとその仲間たちを西のエデンの園で、ドラゴンとその仲間たちを東のおとぎの国という、2層の空間に配置しました。
コロナ禍で世界が様変わりしましたが、そんな時代だからこそ、夢や希望をもつ勇気が大切です。そのために、ユニコーンやドラゴン、その仲間たちでユートピアを表現しました。種族に関係なく最後はみんな同じようにハッピーエンドを目指す。このような考えを甘いと思う人もいるかもしれませんが、このシンプルさこそが、私たちが前に進むために必要なことだと考えています。
展示風景より、デモス・チャン《WAITING FOR SPRING》2022のクローズアップ
ー“想像の世界にだけ存在する生き物”がテーマ、ということもあって、メインビジュアル《CROSS》は、動物をモチーフに描いてきたこれまでの作品と作風が大きく異なりますね。これにはどんな意図が?
デモス:メインビジュアルに《Cross》を選んだのは、ホワイトストーンギャラリーに対して私が抱いているイメージに非常に近かったからです。東洋的でありながら西洋的である存在を表現するために、東洋のエッセンスに西洋のアプローチを加えました。
東洋では哲学、つまり想像力を重視します。一方で西洋では科学に重きを置いています。西洋の観点から見れば、生物は翼がないと飛べない。そこで東洋の伝統的な形を原型に、6枚の翼を持つドラゴンを作りました。このドラゴンは私自身の姿でもあります。ポスト新時代には、東洋の魂と西洋の姿という両者の融合が必要であると確信しています。
デモス・チャン《CROSS》の制作風景
ーマルチ・クリエイター、デジタル・アート・キュレーター、デザイナー、そしてアーティストと幅広い活動をされていますが、それぞれの分野での活動にはどのような違いがありますか?
デモス:例えば、デザインはサービスです。ビジネスの枠組みの中で、創造性を発揮して利益を生み出す。デザイナーは基本的に他者のために働き、他者はデザイナーの市場価値を買います。
一方で、アーティストは自分自身に仕える存在です。自分の枠の中で世界に語りかける。売っているのは魂です。コレクターが作品を集めるのは、アーティストが創りだす“魂の価値”としての作品を買っているからです。
そして、キュレーターはクリエーションとビジネスの意思をつなぐ架け橋です。コミュニケーションが必要な場面で、ベストバランスを見つけることが重要です。
私はデザインの仕事に疑問を感じてアーティストになりましたが、自分に求められている役割を明確に定義することができれば、各々の仕事を経験することは、相互にとってとても有益なことなのです。
展示風景より、デモス・チャン《Phoenix Dance》 2022, 27.5 x 53.5 x 60cm, 316不銹鋼
“1万時間描き続ける”
ー制作時のルールやルーティンはありますか?
デモス:ありません。あえて挙げるとすれば、1万時間描き続けることです。自分が天才でないことは分かっているから、毎日絵を描いています。 この積み重ねがあるからこそ、自分の作品に自信をもつことができています。
ー制作におけるこだわりはありますか?
デモス:特にありませんが、私が使っている道具や顔料は、主にインテリアで使用されているものです。 異なる塗料を混ぜることで、様々な化学変化が起こります。そして、その変化を制御するかしないかで、動物を自在に生みだします。風景の中に動物がいることもあれば、風景そのものが動物である、と描いている時に思うことがあります。
ーデモス氏のお祖父様は台湾政界に影響力のある方ですが、そういったバックボーンが制作活動に影響を与えたことはありますか?
デモス:私は政治家の家系に生まれました。人生は凝縮された興味深いものでしたが、それが原因で若い頃は悩んだり戸惑ったりしたことがあるのも事実です。しかし今となっては、そのユニークな出自と経験が私の芸術に深みを与えているのだと感じています。
展示室内に詩を描くデモス・チャン
ー今後の展望は?
デモス:大きな計画はありませんが、まずはアジアを代表するようなアーティストになることを目指します。その後はそれからまた考えたいですね。
ー最後に一言お願いします。
デモス:私と作品との関係は、作品を創り終えた時点で完了しています。その後は私の手を離れて、作品それぞれの人生があるのです。観る人がどう感じるか、その可能性は無限大。なので、作品との自由な関係を楽しんでください。
ジュエリーデザイナー・SHEEとのコラボレーション作品より
デザイナーから始まり、アーティスト、キュレーターとして、アートの世界に身を置く、デモス・チャン。作家自身の哲学や考察は、最も純粋な人間=動物たちによって静かに鑑賞者に語られる。今展では立体作品やジュエリーデザイナー・SHEEとのコラボレーション作品など、絵画に止まらない作品も展示。近年、インスタレーションやNFT作品でも注目を集めているデモス・チャンの活動を会場でぜひご堪能あれ。