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美しい煌めきの中に隠された実像|小川剛個展「見えない実体」
2022.10.12
銀座
極彩色に煌めくプリズム。空間を覆いつくす炎のような無数の光。選び抜いたメディウムで鑑賞者を眩惑する小川剛の個展『Surreal Prism―見えない実体』(英タイトル:Surreal Prism―Intangible Entity)を、ホワイトストーンギャラリー銀座新館にて開催している。美しく煌めきを放つ作品に込めた隠されたテーマや、アーティストになろうと思ったきっかけ、制作について、作家本人にインタビューを行った。
光の屈折が見せる、虚構と実像
小川剛《Nebula prism》2022, H65×W65×D6cm, アクリル・特殊フィルム・木材
ー今展のメイン作品《Nebula prism》は見る角度や照明の当たり具合で作品の色が変化する、大変興味深いシリーズの1つですね。
小川:《Nebula prism》シリーズは私が当初思い描いていた銀河を、限りなく理想に近い形で作品化できました。見る角度によって色が変化するという現象を作品に取り込むことにより、日常的に起こる認識のズレを鑑賞者に疑似体験してもらいたいという意図もあります。
ー《Nebula prism》シリーズにはブラックライトを当てると、別の面が浮かび上がるという鑑賞体験も用意されています。これにはどんな意図が?
小川:この作品の根幹を成しているのは「虚像と実像」です。美しいものを生み出す源が必ずしも綺麗だとは限らない。
実は、ブラックライトで当てた時に浮かび上がるのは“カビ”なんです。一般的な照明で見える部分は銀河をイメージしているのですが、その裏には夥しい数の微生物たちが潜んでいる。その裏表を鑑賞者が自分の手で暴けるよう、作品に仕掛けを施しました。
『Surreal Prism―見えない実体』展示風景
超立体の世界が織りなす超現実的な光の体験
ー今展覧会「Surreal Prism―見えない実体」にある「Surreal Prism」を直訳すると「超現実的なプリズム」になります。小川さんにとって“超現実的”とは何を指すのでしょうか?
小川:無意識下で生じる人間では感知することが出来ない現象、でしょうか。芸術に置き換えた場合、表面的な差異をどうこう言うのではなく、本質的階層を読み解く行為そのものを“超現実的”と言えるかもしれません。
『Surreal Prism―見えない実体』展示風景
ー今展では動く照明や、鑑賞者がブラックライトを使った鑑賞体験など、新たな試みがなされていますよね。
小川:都内での個展は久しぶりなので、この数年で蓄えたものを全て出したいと思いながら展覧会に臨みました。
今までは技術的な限界で照明にこだわりを持っていなかったんですが、ミネベアミツミさんから新しい照明が発売されて、技術的にできることが増えたので、動く照明に挑戦しています。どんな風になるのか、私自身が一番楽しみにしているので、早く照明を使っているところを見たいですね。
『Surreal Prism―見えない実体』展示風景
ーホワイトストーン新館2階がインスタレーション空間になっているのも、普段のギャラリーでは見られない光景です。
小川:こちらの2階はいつも落ち着いた空間なんですが、今回は敢えて騒々しいインスタレーションに設計しました。イベントでインスタレーションをする機会も多いですが、実際にどんな仕上がりになるのか、本番当日になるまで分からないので、毎回プレッシャーを感じつつも、楽しみな部分でもあります。
ーこの展覧会が終わったら、次はどのような制作に挑戦したいですか?
小川:先の話にはなりますが、宇宙空間で作品を展示するか、あるいは宇宙からでも見える作品を作りたいですね。
『Surreal Prism―見えない実体』展示風景
小川剛が求めるもの:アートとエンタメ
ーアーティストとして活動する理由は何ですか?
小川:三次元を超えた作品、三次元の先にあるものを魅せる作品づくりを目指しています。
だからこそ、造形的なことをできるだけしないようにしています。表面の加工にはこだわっていますが、全体を形造るような制作はしない。造形の良し悪しは制作の範疇にありません。
ー影響を受けているアーティストはいますか?
小川:オラファー・エリアソン(Olafur Eliasson)、吉岡徳人、イェッペ・ハイ(Jeppe HEIN)の3名がいます。彼らに共通するのは、現象の再構築と遊び心のある探求心ですかね。大学院時代に彼らの作品に出会い展覧会を観れたことで、表現者という道に進むことを決心できたのだと思います。今もなお追い続けている存在ですし、追い越したい存在でもあります。
影響を受けた人物や作品について語る、小川剛。
ーインスピレーションの源は?
小川:ジブリ作品で有名な、宮崎駿氏と高畑勲氏でしょうか。現在の関心事はアートとエンタメなのですが、両監督とも商業アニメというジャンルに身を置きながらも、どの作品にも独自の芸術観が見てとれます。両監督が生み出す圧倒的芸術表現に憧れがありますし、長年製作し続けていることには畏怖の念を抱いています。
小川が一番好きだと語るジブリ実験劇場の《On Your Mark》 © 1995 Studio Ghibli
試行錯誤の実験から生まれる作品
ー日々の制作はどのように進めていますか?
小川:ひたすら実験と試行錯誤の繰り返しです。日々の制作は冷めた感情で淡々とこなしていますが、だからこそ、さまざまな光を生み出せる作品が作れると考えています。表現を究極まで磨き上げることで生まれる超越感も制作の中心ですね。
作家アトリエにて
ー2014年以前は柔らかいパステルカラーの色合いの作品が中心でしたが、2015年以降は色が鮮明になり、色合いもビビットに。今展でも色とりどりの鮮やかなカラーが目立ちますが、使用する色や色調はどのように決めていますか?
小川:正直に言うと、色にこだわりはありません。
使用している特殊フィルム(ホログラムシート)の特性を最大限かつ誰もやったことのない方法で作品にすることを目的にしているので、フィルム・透明な素材・表面形状の三層構造の組み合わせの実験を行い、蓄積したデータから作品に変換しています。
私もこの作品性の最終形態が分からない状態で日々制作をしているため、現状の作品はあくまでも試作品と捉えています。
作家アトリエにて
ー使用する材料はどのように決めていますか?
小川:ケミカル系の素材が主なので作品としての強度があるのかの実験を行って、その結果によって変えています。気温によって作業性が左右されるものもあるので、季節ごとにできる作業が変わってきます。真冬の時期にしかできない制作工程もあるので、長期的な計画性が必要になってきますね。
寒い時期に制作スタートする《Phantom prism》シリーズ。冬に樹脂注型を行い数か月寝かした後に切削・磨き作業に移る。
『Surreal Prism―見えない実体』展示風景
インタビューの中で「私が考える虚像と実像の源は“怒り”なんです」と語った小川剛。制作の原動力ともなっている怒りをそのまま表現しても仕方がない、それなら綺麗なもので覆ってしまおう、という考えから、眩いばかりに煌めく作品たちが生まれている。
そしてまた、個々の作品には華やかな見た目からは想像もできない作家の意図が隠されている。自身のことを「ひねくれ者」と称する小川剛の個展『Surreal Prism―見えない実体』は10月29日(土)まで。ぜひ会場でご覧あれ。