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極限の中で生まれる精神性をキャンバスに落とし込む|劉可個展『Ocean by My Left』
2023.01.18 香港
INTERVIEW
劉可
ホワイトストーンギャラリー香港 / H Queen’sでは、中国人アーティスト劉可の個展『Ocean by My Left』を2023年2月11日まで開催している。キャンバスという限られた空間の中で、緻密な縦線と力強い筆致が生み出す関係性を観察するかのように彩られる劉可の作品。日本語で “左側の海”と題された本展に関して、「海の深さと広さは、左側が示す状態と似ている」と語った劉可に、展覧会のテーマや作品について、インタビューを行った。
展示風景
ー今展『Ocean by My Left』のテーマを教えてください。
劉:歴史的な文脈でみると、「左側」は急進的で冒険的であるなど、1つの傾向を示します。“左”という言葉をタイトルに選んだのは、私の作品の多くが縦のブロックまたは線を多用した作品であり、全体像を切り取っているかのように見えるからです。バーネット・ニューマンの作品に特徴的な縦の線(ジップ、zip)のように、画面で分離と縫い付けの両方が活発に行われています。私は「左側」に大きな関心を寄せていますが、その左側は海なのです。海は深く広大で、未知の世界で、無限の可能性を秘めています。海は危険な存在であるだけでなく、インスピレーションの源泉でもあります。そして「左側」の反対側には崖や岩があり、それらは主観的な構造を有する理性の「固体面」でもあります。両者を明確に分割することで、対立が生まれると同時に相互浸透する。境界という崖の真ん中で精神的極限を体験することが、私の創作プロセスなのです。
展示風景
ー本展で展示されている作品の1つ《The Woman Coming Down the Stairs》シリーズについて教えてください。 同シリーズはマルセル・デュシャンの《階段を降りる裸体NO.2》1912 からインスピレーションを得ているとのことですが、具体的にどのような影響を受けましたか?
劉:《階段を降りる裸体NO.2》はキュビズム運動におけるデュシャンの代表作の1つですが、「一貫した前景と背景、抽象と表象の混合」というキュビズムの原則を満たすことなく、正面の構造を側面の構造に変更した構造上の運動を作品に取り入れました。「キュビスム作品展」に参加しようとした際、イタリアの未来派に近すぎると批判され、この作品の修正を依頼されました。もちろんデュシャンは修正せず、二度とこの展覧会に参加することはなかった。彼はキュビズムが限定的で狭くなっていると感じたのです。
私の作品は、デュシャンの“図式”への応答であるだけでなく、彼の創造的思考の独立性へのオマージュでもあります。彼が描く階段を降りる動きの関係を、線と制作媒介の関係に変換し、確実性と完全性を引き裂いて両者の隙間を再発見して、新たな始まりへの原動力に変換しました。線はその色と技法によってダイナミックな錯覚を生み出すとともに、作品を象徴する階段の静的態度と交差し、「静」と「動」の対話を形成します。
展示風景より、劉可《The woman coming down the stairs No.3》2019, 120cm×100cm, Mixed media on canvas
ー近年、絵画作品に窓を設けるようになっていますが、その目的は?
劉:作品に使用した窓は最も一般的なスクリーンであり、それ自体に美的考慮はありません。 この窓は空気の循環を保ちながら、物体間の断絶を実現し、演劇的な意味での観客の参加を強調します。 作品と観衆は別々の主体であり、観衆は窓という「切断」を通して内側を見つめ、“自己”は窓から外側を見つめる。この双方向は空間を概念的に封じ込める媒体なのです。「切断」することも「交流」することもできるこの窓が「通路」を形成し、作品をさらに客観的にするのです。
展示風景より、右奥の作品《Object Liberty - Double》2019 には網戸付きの窓が組み込まれている。
ーアーティストを志したきっかけは?
劉:「アーティストになる」ことに特段の理由はありませんが、別の業界に従事する度につまらないと感じていました。芸術的なインスピレーションの源はたくさんありますが、始まりは生き方への憧れだったと思います。 小学生の頃、川辺でアーミーグリーンの帽子を被った長髪の画家がスケッチをしているのを教室のベランダから見ていたことがありました。数人の生徒がその後ろでスケッチを静かに見ていたのを覚えています。とてもかっこいいと思いましたし、将来ああいう人になりたいと思ったのです。
展示風景より、劉可《Everyday》2021, 90cm×150cm, Installation painting, mixed media
ー劉氏はアーティストであると同時に、広州美術学院の教授、ボックスアートミュージアムの館長、広州のテンノスペースの創設者と、アート業界で様々な活動をされています。劉氏にとって「アート」の魅力とは?
劉:アーティストは私の基本的な一面であり、教育とアートスペースはアーティストの仕事としての延長です。 例えば、教授として私がしている仕事は、自分の学んだことや実践方法を生徒や同僚に共有すること、そしてみんなが共有した知識を取り込むことです。このプロセスの中で、より快適な創作環境を作り上げます。この環境において、アーティストはそれぞれの道を歩む個人であり、他者との自由な交わりは、自然と観察と実験の機会を私にもたらしてくれます。
また、ボックスアートミュージアムとテンノスペースは、教育とアート創作の二重の結果として誕生したものです。 社会にアーティスト、特に若い学生が成長するための展示スペースや機会が不足している、という想いからこれらのスペースを設立しました。アーティストに必要不可欠の要素に基づいてスペースを作り始めると、展覧会コンテンツの選定や空間デザイン、グラフィックデザイン、展示デザインなど、様々な事柄が必要になってきました。これらを実現するための過程で、アーティストやキュレーターが仕事上のパートナーや友人になり、彼らから多くの刺激を受けました。
劉可 《The universe in the cave No.1》2022より、作品の一部アップ
ー劉氏の作品には面白いタイトルがたくさんあります。 作品のタイトルはどうやって決めるのですか?
劉:タイトルは作品が完成後、もしくはずっと後に決めることが多いのですね。タイトルは作品へのヒントとなり得ますが、作品に干渉しないよう注意もしています。相応しいタイトルが思いつかない時は、簡素なタイトルにシリーズ番号をつけたり、他のアーティストの要素を使った場合は、そのままタイトルに反映させたりします。今展に関して言うと、1つの作品のタイトルに言及した言葉をテーマに設定しました。
展示風景
ー創作過程において、ルールやルーティーンはありますか?
劉:制作においては、一般に使用されている材料の性質に基づいてレイヤーを作ります。制作途中の作品を壁に直接掛けて、複数の作品を同時に制作しています。制作が思うように進まない時は、一旦作品を放置します。時が経ったら、また制作を再開する。すぐに再開できることもあれば、1〜2年触らないこともあります。調整なしで1か月以内に完成するのはほとんどありません。
アトリエに飾られている制作途中の作品
ー今後の予定は?
劉:今はこれまで使うことが少なかった黄色を研究することです。 また、湖南にあるアトリエの建設を進めることも楽しみですね。
展示風景
キャンバスに描かれる物理的、精神的な意味の二項対立と関係を探求しながら、独自の抽象言語を作り出している劉可。展示室内には、深く広大に広がる海のような“左側”と、主観的要素が多分に含まれた理性で構成される“崖” が、分け離され、そして縫い合わされるように表現されている。
会場での展示は2023年2月11日までですが、サイトではいつでも作品をご覧いただけます。