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人間の記憶と心の奥の景色を探して|塩沢かれん展『音の海を超えて』
2022.11.02
軽井沢, 日本
独特の遠近感と明暗のコントラスト、そして溶けあうように画面を彩る鮮やかな色彩が魅力の塩沢かれん。今年春に東京造形大学大学院を修了した塩沢の個展『音の海を超えて』が10月22日から開催されている。銀座、台湾、香港とさまざまな地域で作品を発表してきた塩沢だが、今展では新作約40点に加えてインスタレーションも展覧。作家が作品を通して人々に伝えたいことは何なのか。作家にインタビューした。
塩沢かれん展『音の海を超えて』Whitestone Karuizawa Gallery 展示風景
ー軽井沢で開催される『音の海を超えて』はどんな展覧会ですか?
塩沢:今展では「人間の記憶や心の奥にある景色」をテーマに展覧会を構成しました。
どんな人にも幼少期があって、今現実に存在している自分は記憶の積み重ねによって形成されている、と私は考えています。しかしながら、日々目まぐるしく変化していく時代のなかで、自らが積み重ねてきたものを忘れがちなのではないでしょうか。
私は具体的な場所ではなくても広大な場所をテーマに作品を制作することが多くあります。それはある体験を得た時に、自身の存在がどれほど小さく、そんな自分は世界という大きな流れの中で毎日生きているんだ、ということに気付かされるからです。
この展覧会で、日々を生きる中で埋もれてしまった大切なものを、訪れた方にふと思い起こさせることができたらと考えています。
展示風景より、塩沢かれん《真夜中の馬車》2022, 80.3×116.7cm, 木製パネル・油彩・アクリル・アルキド樹脂絵具
ー今展タイトル「音の海を超えて」 にはどのような意味が?
塩沢:タイトルの「音の海を超えて」という言葉には、私たちが本来持っている「想像する力」を呼び起こしたいという願いを込めました。
視覚では認識できない世界、社会の中で埋もれてしまった自身や他者の心の声。それらを想像し、そして自分を取り巻く環境に創造的に共鳴することの必要性を、自身の体験や記憶を作品にすることで投げかけました。
展示風景より、塩沢かれん展メインビジュアル《Beyond the sea of melody》2022年, 162.0×194.0cm, 木製パネル・油彩・アクリル・アルキド樹脂絵の具
塩沢:小さい頃に、オルゴールの音色が鳴る宝箱をもらった経験があります。今でもオルゴールの音色を聴くと、どこか懐かしい記憶が呼び起こされます。
オルゴールは、まだ音を録音する技術が発達していなかった時代に作り出されたものであり、大切な音色(記憶)を残しておきたいという当時の人々の “願いの象徴” のように感じられます。
その音色を聴きながら自身の記憶を思い返している瞬間、頭の中では光がキラキラと輝いて世界の何もかもが輝いて見えていた子供の頃のあの瞬間に戻れるような気がするのです。
そのため、絵画制作においてもインスタレーションにおいても、個人的な思い出をモチーフに制作をすることが多くあります。塩沢かれんという個人の記憶を呼び水に、みなさんの想像力と記憶を呼び覚ませたら嬉しいです。
展示風景
ー今展は新作絵画38点に加え、ミニドローイングやインスタレーションも実施されます。塩沢さんの世界観を五感で体感できる空間となりますが、中でもインスタレーション制作をするようになったきっかけは?
塩沢:昔から絵を描くことが好きだったのですが、在学時にいろいろな経験をしていく中で、私が制作をする目的は、五感に働きかける体験を提供することだと感じました。平面の絵画空間だけではなく現実の空間にまで自分の世界観を広げる必要性があると考えるようになったのです。
インスタレーション展示風景
ー今展でのインスタレーションのこだわりは?
塩沢:インスタレーションを作る際に1番大切にしていることは“没入感”です。鑑賞者が作品とどれだけ深く関われるかを念頭に置いて準備しました。
また、今展に限ったことではありませんが、インスタレーションを制作する際は、実際に展示をする場所の特性を考慮に入れて、その場所を最大限に生かせる展示プランを練ることを重視しています。
2022年2月に行われた修了制作展では約7mの高さがある吹き抜けの展示室を舞台にインスタレーションを組んだのですが、今展ではその作品を軽井沢の展示場所に合わせて再構築しました。インスタレーション作品は絵画作品に比べて仕掛けの数が多いので、個々の媒体が良い関係で機能するように毎回調整をすることが1番難しいです。
展示室内に佇む塩沢かれん。投影されている映像は塩沢が住んでいた当時のオランダの写真と幼少期の記憶に触発されて作家が撮影した素材で構成されている。
ささやかな光がともる探照灯。ところどころ灯りが消えたものも。
2022年修了制作展でのインスタレーション
ー本展ではご自身の作品と詩を組み合わせた絵本も販売されます。絵画、絵本、インスタレーションで、なにか違いはありますか?
塩沢:枠組みに囚われずさまざまな形で自分の世界観を広げようと日々模索しています。制作の違いはそれぞれありますが、どの形態でも一貫して、私自身のアイディンティを見失わないようにしています。
塩沢かれんミニドローイング作品より《サザンクロス"10の物語"ー星のレールー》, 2022, 額・紙・ペン・透明水彩
展示室内の壁には作品とともに作家の言葉も綴られている。
ー今年2月に台湾で個展を開催していますが、そこから何か変化はありましたか?
塩沢:大学院を卒業して、自分の絵画作品と向き合う時間が増えました。
軽井沢での展覧会に際して、これまでで最も多くの作品を同時に描きました。大変ではありましたが、今までよりも更に作品同士の強い繋がりを感じました。物体としては独立している作品たちですが、制作中は絵から絵と旅をして、ひとつの大きな世界を描いている感覚になります。
また、鑑賞した方から「四角いフレームの外側にある広い世界を鮮明に感じるようになった」と言われるようになりました。自分でも感じていたことなので嬉しく思っています。台湾での個展後、世界中の人に作品を鑑賞していただける機会が増えて、自分の内側にあった世界が外に繋がっていくように感じられることが大きく影響しているのだと思います。
2022年2月にWhitestone Taipei Galleryで開催の個展『塩沢かれん:星祭りの参列者』展示風景より。台湾のランタン祭りをイメージした煌びやかな作品が並んだ
ー今後の展望を教えてください。
塩沢:私の制作は日常の暮らしの中で出会う経験に大きく起因しています。今までは幼少期の記憶や体験を元に制作をしてきました。引き続き記憶や心の中にある風景をテーマに制作を続けますが、今後は現在進行形で積み重ねていく経験を作品に反映していきたいと考えています。
まだ見ぬ出会いに想いを馳せながら、遥か遠い土地での展示も思い描いています。
塩沢かれん《天空のアンサンブル》より。展示作品の多くに塩沢が「うるう秒の住人」と呼ぶ少女たちが小さく描かれている。
ー最後にひとことお願いします。
塩沢:観る方ひとりひとりが作品の主人公のように感じてもらいたい、という想いで日々制作をしています。この展覧会を観終わって日常の暮らしに戻った時に、みなさんの心に何か少しでも変化をもたらすことができれば、嬉しいです。
塩沢かれん展『音の海を超えて』Whitestone Karuizawa Gallery
幻想的なシーンを舞台にした小さな生き物たちの眩い冒険。彼らに自分の姿を重ねて絵の中を旅する一方で、回廊を通した光とループする映像、探照灯が照らしだすトレーシングペーパーの風景に身を置けば、塩沢かれんの作品を五感で感じることができる。
塩沢かれん展『音の海を超えて』はホワイトストーン軽井沢ギャラリーにて11月27日まで開催。オンラインギャラリーでは作品や過去の展覧会を鑑賞することができる。ぜひ会場で、そしてオンラインで塩沢の世界をご堪能あれ。