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フィリップ・コルバートの魅力|アーティストの新たな旅路が軽井沢から台北へ

2023.10.30
INTERVIEW

『フィリップ・コルバート展 ‐ ようこそロブスタープラネットへ』

秋の台北の街並みをフィリップ・コルバートの鮮烈な色彩と斬新なアートが彩ります。真っ赤な身体に目玉焼き柄スーツ、そして頭には王冠を頂く出立ちの “ロブスター” をこの世に生み出した、現代アーティストのフィリップ・コルバート。ホワイトストーンギャラリー台北は、コルバートの個展『Journey to the Lobster Planet - Taipei』を開催いたします。アーティストの最も新しい創造的な旅路を探索する前に、本記事では軽井沢ニューアートミュージアムで2023年9月まで行われていた大規模個展『フィリップ・コルバート展 ‐ ようこそロブスタープラネットへ』を振り返ることに。同館長のエッセイを通じて、コルバートの作品の真髄に迫ります。

展示風景『フィリップ・コルバート展 ‐ ようこそロブスタープラネットへ』

フィリップ・コルバートの芸術

軽井沢ニューアートミュージアム 館長
松橋英一

フィリップ・コルバートの作品、それも彼の大型作品を含む、新しい作品を中心とした展覧会を開催することができた。コルバートの作品は一見すると漫画のキャラクターが活躍するアニメーションの世界のようであるが、これはある意味でコルバートの戦略であり、観客が彼の作品に真剣に向き合うかどうかの踏み絵になっているように思う。

一見すると、楽しくて明るいコルバートの作品であるが、単にキュートなキャラクターを使ったメルヘンの世界を構築するというような能天気なものでは無く、現代社会の複雑で救いのない状況、美術界の権威的で階層的な構造を独自のスタイルで批判するような内容をソフトに展開しており、それは口当たりの良い、ヘビーな劇薬を飲むようなものである。

展示風景『フィリップ・コルバート展 ‐ ようこそロブスタープラネットへ』

彼は来日した時に様々な話をしてくれたが、面白かったのはシュルレアリスムの作家に対するストレートな尊敬、手仕事に対する共感を多分に有していることが判ったことである。

コルバートの作品、特に大型の彫刻作品は発注芸術であり、オリジナルのイメージは彼が作るが、その後の作業は金属や石などを加工する専門家の仕事になる。彼の中には、その作業についても手仕事を重視することへのこだわりがある。大理石を使った彫刻は3Dプリンターに入力されたデータを基に機械で彫刻するものだと私は思っていたが、実際はそうではなく、職人が彫刻の任に当たっている。手で制作する作業が重要であると、作家は考えているからである。

絵画においても同様で、様々なタッチで作品を描くことは、過去の芸術の描画方法を作品によって選択し、それを再現する技術によって実現したものである、彼の作品解説を聞くと、この部分はロマン派のスタイル、この部分は印刷のスタイル、この部分はゴッホのスタイル、と言ったようにその作品に最も適したスタイルを採用し、手作業で描いている。これは現在のアニメーションの制作スタジオの作業と同じもので、作家が作り出すストーリーやキャラクターのイメージを多くの人が具体的に実現し、より洗練された内容に変化させて作品の完成度を高めていく手法と同じスタイルである。

来場者に作品の説明を行う、フィリップ・コルバート本人。

コルバートは一般の人よりもデジタル文明やテクノロジーに対する共感性や理解が高く、新しい技術を積極的に採用する作家の一人と考えて間違いない。但し、未来は全く新しいものとして過去や現在と分離した世界にあるのではなく、現在の延長として未来を探求し、同時に過去へも探求を行う。その結果、現代を中心として未来と過去が絵画の右と左でそれぞれに無限に広がっている。

大型の絵画作品に顕著に表れているように、ひとつの画面の中に過去の有名作品や作家が、時代やジャンルに関係なく非常に多く登場して、コルバートの分身であるロブスターと共演する。それは絵画であると同時に映画や劇場の舞台を思わせる。絵画はその特性上、固定された一つのシーンを表現せざるを得ないが、コルバートの作品を見ていると、ロブスターを主役としたドラマは進行していくものであり、ひとつ前のシーンやひとつ後のシーンを思い浮かべることを可能にしている。

ドラマ性が高い内容として、彼の分身としてのロブスターはある時はサメになり、ある時はサボテンになり、マルセル・デュシャンの有名な便器を首に掛けたり、ゴッホのひまわりを身にまとっている。作家本人の言葉を借りれば、ロブスターはコスチュームを付けているという事になる。ここでは、コルバートの別人格としてドラマに登場するロブスターがコスチュームをまとい変身する重層構造が作られており、巧妙なシステムの中で絵画の中のドラマは進行していく。彼の絵画には何らかのシーンが描かれており、その中では時間が進行しているのだ。

フィリップ・コルバート《Dark Hunt Triptych》2018, 270.0 × 585.0 × 4.5cm, Panel, Canvas, Oil, Acrylic

絵画には独立した作品としてそれ自体で完成したものと、連続したストーリーの中で特定の場面を捉えたワンシーンとして描かれるものがあるが、コルバートの絵画は後者の側面が非常に強い作品である。そのため、その絵画には時間の経過、ストーリーの要素が含まれている。それは、シュルレアリスムの作品群と共通するものとして彼の作品の根底にある考え方だともいえる。

作品のキャラクター的な側面だけを見ていると理解しにくいコルバート作品が有する文学性や権威的なものに対する反抗心は、シュルレアリスムから来ているものであり、こういった精神を明るく楽しいデジタルで表現することがコルバートの戦略的な手法としての重要なスタイルであるように考えられる。

展示風景『フィリップ・コルバート展 ‐ ようこそロブスタープラネットへ』

コルバートの最新作はデジタルアニメーションで、その中では実際にストーリーに沿って様々な物語が展開する。シンプルでフラットな登場人物は彼の創る架空の都市「ロブスターポリス」の中で様々なエピソードを展開して動き回る。

UBER LOBSTARBOT による制作を試みているフィリップ・コルバート

明るく刺激のあるその世界の中で、現代社会を単純化し、日常生活、様々な芸術や音楽などをフラットなものに還元することで、その中にある問題をクローズアップして私たちに呈示している。それは架空のように見えるが真実である。コルバート作品の有する現代性や表現されていることの意味について深く考えることは、彼の作品の持つ真の意味を理解するために必要なことだろう。

『フィリップ・コルバート展 ‐ ようこそロブスタープラネットへ』

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