中村はこれまで、聞こえづらさゆえに、対話において様々な誤解を経験してきた。その体験から「誤解」に新しい価値と意味が生まれてきたのだという。それはコミュニケーションがずれることは否定的なものではなく、課題の解決の糸口を見出し、より進歩したアイデアの発想を可能にするということである。誰もが、大なり小なりコミュニケーションの問題を抱えている。今展では、中村にしか表現し得ない「対話の困難さ — コミュニケーションの本質」を実像化することによって、見るものに「誤解」は時に生じてもよいのだという新たな視点と、己の持つ先入観への疑問、そして、他者を受け入れ共感するきっかけを与える場となりえるだろう。
中村馨章: Voices of the Forest
Karuizawa Gallery 3
2023.06.24 – 07.23
先天的な聴覚障碍をもち、幼いころからわずかな音と、目の前の人の口元や身振りを見て、他者とのコミュニケーションを図ってきた中村馨章。常に音を想像し、言葉と実像の間にある曖昧な言語の関係性を模索してきた中村にとって、対話の困難さは深い森や山の中で彷徨う旅人の心情に似たものであった。
今展において、中村は「音の森(Voices of the Forest)」の表象を目指す。人々の間に存在する、聴覚と視覚に関わる境界と、対話における接点、限界、さらにはそれらを超越した未知なる可能性を導き出すために。また、聴覚と視覚の空間において、素材・音・言葉がどのように互いに作用し合うのか、有音と無音の世界で感受する知覚の違いを追及する。
一見静謐に佇む森には多様な音が溢れている。 聴覚に鋭敏な野生の鹿同士、樹木や菌類、森羅を照らす月 — 森を構成する共生物は、同種・異種に限らずすべての関係性において、対話にも似た有機的なつながりをもつ。それらは複雑なネットワークを形成しており、我々の人間社会と似ている。
「ノイズの中にいる鹿」
無音世界にノイズの断片が浮かび上がり、幻影のような鹿が佇まいをしている。鹿は音に敏感な生き物であり、また滅びゆく野生動物である。鹿は、その不確かな状態で、刻々と変化していく音や振動、言葉を感じ取っている。このような世界を表現することは、自分と他者の境界について着目することであり、自ら未知の世界を突破していくことで新たな対話の可能性を生み出すのだという願いを込めている。
「水面に投影された月の言葉」
間接的な対話を表現するため、刻々と変化していく太陽の反射である月に文字が投影されている。水面に見立てた表層の文字が崩れていくさまは、言葉や音の曖昧さを表現している。言葉の意味は絶えず変化する。そのため、対話とは不確かなものである。しかし、その不確かさの中でも、対話には常に新しい価値が生まれていくのだという期待を込めている。
「覆われた椅子の音響空間」
椅子の楽器であり、音が鳴ることであたかも椅子に生命が宿ったかのように表現されている。菌糸や蔦のように表現したワイヤーは、どれも強く張り伸ばされている。そして、このワイヤーは、他者と対話する際に過度に緊張してきた私自身の経験を表している。ギターアンプは補聴器の暗喩であり、自身が無音世界の中で指先により音を振動として感じられるよう制作した。壁には筆談と共に貼り出されている菌糸のようなドローイングは、無音世界で聞こえてくるノイズのイメージであり、椅子を演奏するための楽譜として表現した。
ABOUT
2023.06.24 - 07.23
Karuizawa Gallery
Tel: +81 (0)267 46 8691
Fax: +81 (0)267 46 8692
10:00 - 17:00 (10月 - 6月),10:00 - 18:00 (7月 - 9月)
Closed: 月曜