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女性として描く、文化を纏う志:加藤美紀インタビュー
2025.04.09
INTERVIEW

華やかで繊細な柄があしらわれた着物を纏う女性たち。加藤美紀は、大正・昭和初期のアンティーク着物から着想を得たデザインと、日本の伝統文化、そしてアニミズム的な思想を織り交ぜた作品を描き続けている。イラストレーターや着物のデザイナーなど、多彩に活動する彼女に、創作の源にあるものについて尋ねた。
女性を通して魅せる生き様と文化

ホワイトストーンギャラリー銀座新館
ー女性をテーマにしている理由を教えてください。
加藤:時代と共に変遷する日本の文化、人々の生き様、そして、その美しさと力強さを様々な形で表現したいと考えています。私自身が女性のため、描く作品の主人公を女性に設定することで、感情移入や物語世界へ没入しやすくなります。また、日々私が感じることや言いたいことも、その女性像を通して直接的に表現することができます。 時に、神獣や動物、植物など、人でないものを女性の姿で描くのも同じ理由です。
さらに、女性像を作品の主眼におくのは、着物という美しい日本文化を作品の中に描きたいというのも大きな理由のひとつです。色柄や着方を工夫した着物姿を通して、画面を華やかにできるだけでなく、女性の魅力的な個性を表現することができます。
ーインスピレーションはどこから得ますか?
加藤:絵の構図や色の雰囲気が不意に浮かんだり、描きたい人物や場所から着想を得たり、物語や伝説を紐解きながら自分なりの解釈を考えたり、様々な閃きが脳内に訪れます。日々の情報から感じる感情や想いなど、形のないものをどう表現するかを夢想していると、それらはとめどなく映像として脳内を流れていきます。溢れる原石の中から、何をどのように作品へと昇華させるか、吟味することがとても大切です。
融け合う「境界」を描く筆先

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ー作品制作の際に重視している要素やアプローチを教えてください
加藤:“自然や生命の循環” を探求することを主軸にした私の作品では、時の流れや新古共存のみならず、日常と非日常、現実と異界、などの「境界」が巧妙に融合された世界観を作り出すことを目指しています。
また、視覚的に、色彩の組み合わせによる色の美しさや面白さの追求は、女性の纏う着物柄含め、作品の質を高める為にもこだわっています。そして、すべての作品の根底に、平和や博愛、戒めなど、人々の幸せを願う気持ちを込めています。
ー使用している画材や技法などでこだわられているところを教えてください
加藤:ワトソン紙にガッシュを用いた作品が多いです。ガッシュは顔料の強さが絵の前面にダイレクトに出てくる素材であり、仕上がりのマット感がとても美しいのが特徴です。そして、長年使い続けている画材なので、技術的にも自分の思いのままに描くことができます。
また、岩絵具など古典的な日本画材をガッシュと併用することで、独特の煌めきや質感を加えた画法にも取り組んでいます。ガッシュは水溶性の為、取り扱いが難しい一面もあります。そのため、サイズの大きな絵の制作では効率的に作業を進めるために、速乾性と耐水性が高く、発色が良くマットな仕上がりになる、アクリルガッシュをキャンバスに使用しています。
飛び立つ麒麟に託す祈り

加藤美紀《天翔》2025, 112.0x145.5cm, アクリルガッシュ、キャンバス
ー今回のキービジュアル「天翔」に込めた思いを教えてください
加藤:日本橋の神獣・麒麟がモチーフになっています。橋の欄干中央に阿吽の対となっているこの像には、翼があります。それは、全ての街道の始まりである日本橋から、どこにでも飛び立てるように、との祈りが込められています。私のライフワークのひとつに、東京の風景や名所を寓話的に描くことで、歴史と未来を繋ぐ物語を紡ぐ「東京百景」シリーズがあります。
日本橋は、明治 44年の橋の完成以来、大震災や世界大戦を乗り越え、今では国の指定重要文化財にもなっている美しい橋です。しかし、高度成長期に建設された首都高速道路によって、日本橋の空は覆われました。現在、日本橋近辺の大規模な再開発によって、首都高速道路の橋桁撤去が始まり、近い将来、かつての青空を取り戻すプロジェクトが始動しています。明るい未来を自ら作る為、広がる大空に羽ばたこうというエールを込め、日本橋の過去、現在、未来、時の流れを「東京百景」の新たなひとつとして描きました。

《天翔》クローズアップ
「美しさ」は自分で決める

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ーアーティストを目指すきっかけは?
加藤:父が彫刻家である為、アトリエには父の作品が所狭しと置かれ、壁には父の友人達の絵画が飾られており、物心ついた頃から芸術作品に囲まれていました。私はそれらの作品世界に入り込み、謎解きの冒険に出かけるのが日常でした。幼くして私がアーティストを志すのは、ごく自然の流れだったと思います。美大卒業後、イラストレーターとしてキャリアをスタートし、現在は画家として活動しています。今は私のアトリエで、新たな冒険世界を創り出しています。
ー着物にこだわるようになったきっかけは?魅力を教えてください
加藤:ある時、日本に生まれ育っているのに、日本の歴史や文化をあまり知らないことに気づかされました。それから、日本の文化や美術を学び始め、着物にも興味を持つようになりました。こだわるようになったのは20年ほど前、大正から昭和初期の「アンティーク着物」と出合ってからです。和洋折衷のモダンで斬新な柄や、ロマンチックで可憐な柄など、その美的センスの素晴らしさは現代においても驚かされます。私はひと目で虜となりました。また、当時は、女性が教育を受け就職する、女学生や職業婦人が現れた時代です。封建的な日本社会に反骨し、女性の自由を求めた女性自身の需要から生まれた着物でもあります。このアンティーク着物からインスパイアされた柄で、自立した女性の生きる姿勢を重ねて描くことが、私の作品の特徴となっています。

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ー作品を通じて、現代社会における女性像や美しさの価値観にどのような影響を与えたいと考えていますか?
加藤:美しいものはこうあるべき、という他人や社会の価値観ではなく、誰しもが自分自身で決め、それに誇りと自信を持つことが当たり前の社会であってほしいと常に願っています。何かと比べて蔑むことや、心無い言葉を浴びせることは、人の心を荒ませるものです。美しさの表現は、多種多様で自由であると考えます。しかしながら一方で、社会的に同調的な物言わぬ圧力や他人からの心無い言葉を、重く、深く、感じてしまう人も多いのが現実です。私自身もその例に洩れません。ですが、自分自身が美しいと感じるものを変えることはできません。私の作品を通じて、観る人自身の美意識に訴えかけます。互いの違いを認識し、議論し、認め合える自由で寛容な価値観を、今後も、提示していけたら作家として嬉しい限りです。

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加藤美紀の作品は、日本の美しい文化や自然崇拝、時代の変遷を感じられる一方で、自由で自立した美しい女性の精神が宿っている。
現在ホワイトストーンギャラリー銀座では、加藤美紀とitabamoeによる2人展「Real woman - Through the Passage of Time」が開催中。ともに「女性」をテーマに描く作家でありながら、それぞれ異なる視点と対照的なアプローチで、時間の流れや女性の多様性を感じ取ることができる。