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幸せを想起させるスイーツデコレーションアート:渡辺おさむインタビュー
2025.02.07
INTERVIEW

カラフルな色使いで、本物と見間違うほど精巧なクリームやお菓子のデコレーションで作り上げられる太古の恐竜。渡辺おさむは20年以上、デザートを様々なモチーフと組み合わせ、フェイクアートの最前線を走ってきた。今回ホワイトストーンギャラリーでは6年ぶりの個展を開催する。作家の過去と今回の展示会にかける思い、そして未来まで見つめるインタビューをお届けする。
記憶の中の色味を再現
渡辺おさむ《Sweet dinosaur》2022, 96.0 × 19.0 × 39.5cm,ミクストメディア
ーデザートをアートに取り入れた作品を作るきっかけは?
渡辺:自分が幼い時に、お菓子教室の先生だった母が作るお菓子や、作る光景が一番強く記憶に残っていたからです。母が作るお菓子のクリームの形状や、クッキーの色味などが一番記憶に残っていたので、そういった小さい時からの記憶を表現するのが自分らしいのではないかなと思い、20年以上前からこういった作品を作り始めました。
ーそれらが時間やノスタルジーといったテーマとどのように結びつき、作品に取り入れているのでしょうか?
渡辺:作品に色々なお菓子のパーツを使っているのですが、ちょっと補調した色味でそれぞれのパーツや、全体の色味を制作しています。なぜかというと、人がそれぞれ記憶している美味しそうな色とか形というのは、本物よりもちょっと鮮やかだったり、艶やかだったりするんです。なので、人が記憶している美味しそうな色味を作品で再現してあげると、見た人がそれぞれのお菓子にまつわる幸せな記憶に、作品を通じて結びつくのではないかなと思って制作しています。
作家のアトリエにて
ーお菓子教室の先生だったお母様とはまた別の手法で、スイーツを使って甘い時間を表していることについて、お母様は何かおっしゃっていますか?
渡辺:出身が田舎だったので、美術作家になるというのは、到底理解されるようなことではなかったです。やっぱりアーティストとして生きていくのってすごく難しいというか、大変なことなので……ただ、作品の根源が親の影響なので、割とそこは仕方なく応援してくれるようになって、いろんなところで地域に発表することによって、周りの方も認めてくださるようになって、20年以上続けられることができました。
暗い時代だからこそ夢のある世界を
作家のアトリエにて
ー今回の新作である恐竜のモチーフについて教えてください。
渡辺:今回の恐竜は、幸せな記憶のメタファーとして登場するんです。恐竜というのは誰も実物を見たことがないので、本来であれば何色だっていいですし、もしかしたらお菓子みたいなテクスチャーの恐竜もいたかもしれない。人間というのは世界の全てを把握したような気になっているんですけれども、本当は分からないことの方が多い。なので、固定観念を取り払った視点で世界を見てほしいなという思いで、このようなお菓子の恐竜の世界を作りました。
細かい作業が丁寧に行われている
ー前回の銀座での展覧会では、腐ったりんごだったり、骸骨であったり、今回の幸せとは反対の想像をさせるような表現をされていました。このギャップに先生が意味合いを込めたものはありますか?
渡辺:前回の展覧会の時にフルーツが腐っていく様子を表現した作品とか、絵画のヴァニタスというような、死を思わせるような表現を、スイーツや立体バージョンで分かりやすく作りたいなという思いがありました。ケーキでデコレーションしてあるということでかわいらしくなる要素もありますし、時にはすごくアイロニカルな表現にもなると思ったので、前回はそういう資本主義に対する皮肉みたいなものを込めて虚飾、偽の虚栄心みたいなものをデコレーションで表現できたらと思ってそういうテーマにしたんです。でも今回は数年前と違って、世の中が暗いニュースとか戦争とかが多い時代になっているので、作品で皮肉を言うよりも、作品の中だけは夢がある世界にしたいなと思って今回はそういうファンタジックでノスタルジーがあるようなテーマにしました。
樹脂やレジンを用いたオリジナルの造形技術
渡辺おさむ《Sweet dinosaur》2022, 53.5 × 17.0 × 25.0cm, ミクストメディア
ー作品を作り始めてからの20数年間で、使う素材や、制作過程において変化はありましたか?
渡辺:作品を作り始めた当初は、画材のメディウムを応用して、スイーツの造形を再現していました。よりリアルさや独自性を追求する中で、樹脂やレジンを用いたオリジナルの造形技術を開発し、進化させてきました。また制作プロセスもひとりで制作するスタイルから、アトリエで複数人のアシスタントと制作するスタイルに変わったので、どのアシスタントが制作しても再現できるようなメソッドを確立しています。
ー現在、食品サンプルが日本だけでなく世界的にも知名度が上がり、人気になっています。スイーツデコレーションのパイオニアとしてどう感じていますか?
渡辺:近年、食品サンプルがアートやデザインの分野で注目され、国内外で人気が高まっていることをとても嬉しく思います。私がスイーツデコレーションの技法を美術の世界に持ち込み始めた頃は、まだ「食品サンプル=工業製品」という認識が強かったのですが、今では「食べられないスイーツ」がアートの一つのジャンルとして確立し、多くの作家が独自の表現を追求するようになりました。この流れが、より多くの人に「甘いものの持つ夢や幻想」を伝えるきっかけになればと願っています。
幸せが永遠に続くような体験を
制作中の渡辺おさむ
ー先生のアートを体験した方々にどのような感情や印象を持って欲しいと思われますか?
渡辺:私の作品を見た人がもちろん作品を見て幸せな記憶を思い起こして、幸せな気持ちになって欲しいです。本来だったらそのケーキという瞬間的な存在であるものを、作品を通じて幸せが永遠に続くような体験をして欲しいなと思います。
ー今後の展望があれば教えて下さい。
渡辺:今後も、スイーツデコレーションを軸にしながら、新たな素材や技法を取り入れ、表現の幅を広げていきたいと考えています。特に、空間全体を作品として体験できるインスタレーションや、デジタル技術を取り入れた新しい表現にも挑戦したいです。さらに、全国各地の美術館と協力して展覧会を計画中です。今までの展覧会を上回る壮大なスケールで、より多くの人々に夢のある世界を届けていきたいと思います。
太古の生き物である恐竜とスイーツデコレーションの組み合わせは、私たちの固定概念を飛び越えた先を示している。「もしかしたら」と思わせる夢と、お菓子の甘く幸せな記憶が結びつく瞬間を、どうぞ実物を見て味わってほしい。
渡辺おさむの個展『Unseen Sweet Nostalgia―まだ見ぬ甘いノスタルジー』は、ホワイトストーンギャラリー銀座新館で2月7日から3月1日まで開催。詳細は下記リンクよりご覧頂けます。