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レイヤーを解き明かす:レベッカ・ベルナウが探るアート、アイデンティティ、そして見えざる自己
2024.10.09
INTERVIEW
レベッカ・ベルナウのアートは、私たちの知らぬ間に形成されるアイデンティティや記憶、個人の歴史を映し出す窓である。デジタルとアナログという二つの異なる技法を巧みに組み合わせ、彼女の作品は私たちの無意識の層に働きかけ、鑑賞者を深い内面へと誘う。
本インタビューを通して、ベルナウの作品に込められた個人的なルーツや創作プロセス、そして「つながり」や「自己探求」に対する深い哲学を探りだす。
Online Exhibition: Unthought known
グラフィックデザインからファインアートへ—創作の原点
作家アトリエにて
幼少期からアートに囲まれて育ったベルナウは、画家である母の影響を強く受け、自然と芸術の世界に引き込まれた。「色彩やキャンバス、そして母の作品に囲まれ、いつの間にか自分でも絵を描くようになった。枠にとらわれず、ただ自由に表現していた」と彼女は振り返る。しかし、母が家庭とアートのキャリアを両立させる難しさを目の当たりにし、美術の世界で成功することへの不安を抱くようになったという。
安定を求め、彼女が選んだのはグラフィックデザインの道であった。しかし、教職は創造的な自由を十分に与えてくれるものではなかった。転機が訪れたのは、オーストリアのホテルから壁画制作の依頼を受けた時である。「このコラボレーションは、私のアーティストとしての情熱を再燃させた。そして初めて個展を開いた時、ずっと求めていたアナログの色彩や筆触への想いが再び呼び起こされた」と語る。
デジタルとアナログが出逢うところ—創作の二重性
Unthought known: Rebecca Bernau & Hitomi Endo dual exhibition / Whitestone Ginza New Gallery
ベルナウの作品は、デジタルとアナログの技法を巧みに融合させた独自のアプローチによって生み出されている。このプロセスは、彼女自身の人生や、人間の複雑な経験に対する哲学が映しだされている。「私はまず、デジタル上で作品を描きはじめます。無限の可能性を探りながら、ブラシや色彩、フォルムを自由に試すことができ、コンセプトを存分に発展させることが可能なのです」と彼女は語る。
デジタルスケッチが完成すると、ベルナウはそのデザインをキャンバスや紙にプリントし、アクリルや油絵具を幾層にも重ねていく。手仕事の温もりが加わったとき、作品の変容が始まる。「芸術の魔法が始まるのは、このプロセスに入ってからです。デジタルでは再現できない質感や奥行き、感情が作品に宿り、一つ一つの筆致が作品に人間らしさと温かみを与えてくれます」
デジタルとアナログの二重性は、ベルナウの作品にとって欠かせない要素である。これは、目に見えるものと見えないもの、過去と現在の絶え間ない対話を象徴している。「二つの技法を融合させることで、幾重にもわたる人間の経験、その複雑さを伝えることができるのです。それは、私の作品で繰り返し探求されるテーマである『つながり』や『アイデンティティ』、そして『根付く』ことに直結しています」。
ルーツ、アイデンティティ、そして帰属の探求
作家アトリエにて
ベルナウの作品の核を成すテーマが「ルーツ」である。養子としての生い立ちから、彼女は「アイデンティティ」や「帰属」といった概念について深く思索を重ねてきた。「『ルーツ』というテーマは、私自身の旅路に深く結びついており、作品の根幹を形作るものです」と彼女は語る。抽象の制作の際、過去と自己との間にある互換作用(インタープレイ)を表現するためにレイヤーを用いる。「大地を思わせる色彩を使うことで、安定と成長を象徴し、流動的なフォルムは、絶え間なく続く自己探求のプロセスを映し出しています」。
彼女の作品に見られる抽象的な形状や織り交ぜられたフォルムは、自己と他者、そして内外の関係性の微妙な交錯を映し出す。「色彩やフォルムが幾重にも重なり合うことで、アイデンティティの複雑さが鮮明に浮かび上がります。過去の記憶や経験、そして今この瞬間が、どのように共存し、いかに共鳴し合うのかを。それぞれの層が自己やルーツの異なる側面を象徴し、同時にアイデンティティは決して固定されたものではなく、常に変容し続けているのです」。
記憶の交錯:過去と現在が重なり合う視覚の旅
レベッカ・ベルナウ《Inner Child》, 2024, 50.0×50.0cm, アクリル・油彩・キャンバス
二つの人影が重なり合い、やがて環境と一体化することで、新たな形や色、そして空間が生まれる作品『Inner Child』は、ベルナウのアイデンティティ探求の象徴である。アースカラーとバイオレット・グリーンの繊細な色合いが、成長と安定を暗示しながらも、自己と外界との結びつきを強く感じさせる。
「二つの人影の透明感は、目に見える形であれ、見えない形であれ、過去が私たちに影響を与えている様を表しています」とベルナウは語る。人影と背景が溶け合う様子は、アイデンティティの移ろいやすさ、そして過去と現在の自己が絶えず影響し合い共存している様を描き出している。
「最近の作品では、人物と彼らを取り巻く環境とをより自然に融合させることを試みました」と彼女は振り返る。それは、以前の作品に見られた、背景から明確に浮かび上がる人物像とは対照的だ。「この変化は、私たちが環境や歴史と切り離せない存在であるという私の信念によるものです」。過去と現在の自己が絶え間なく対話を続ける様を描いてい作品『Inner Child』にも、環境と歴史が現在のその人を造りあげるというこのテーマが色濃く顕れている。
誰でもない誰か—顔のない人物像に投影される個性
Unthought known: Rebecca Bernau & Hitomi Endo dual exhibition / Whitestone Ginza New Gallery
ベルナウの作品において、顔のない匿名の人物像は重要なモチーフである。特定の特徴を持たないことで、鑑賞者は自分自身の感情や経験を投影しやすくなり、作品と個人的なつながりを感じることができる。「顔を無名のまま残すことで、鑑賞者が自身の内面的な風景や、語られることのない歴史を投影する余地を作り出しています」とベルナウは語る。
この匿名性によって、彼女の作品は普遍的な訴求力を持ち、観る者の深い共感を呼び覚ます。「多層的なアプローチは、私たちを定義する多くの要素が、表に出ることなく、しかし深く影響を及ぼしているという考えを強調しています」と彼女は続ける。
歴史と環境が紡ぐ個人との対話
Whitestone Ginza New Gallery × CAFÉ AMADEUS STORY
ベルナウにとって、日本での初個展は、彼女の作品が新たな文化とどのように響き合うかを探る特別な機会となる。「日本の豊かな芸術の伝統、繊細さ、調和、そして感情のニュアンスに焦点を当てた文化は、私の作品にとって理想的なコンテクストです」と彼女は語る。
ベルナウは日本の鑑賞者との間に、どのような芸術的対話が生まれることを期待しているのだろうか。「日本の観客との対話は、より内省的なものになるのではないかと感じています。日本の鑑賞者が私のアートの感情的、あるいは心理的レイヤーのどこに共鳴し、『Unthought Known』というテーマに関連づけてゆくのか、特に楽しみにしています。」と彼女は述べる。
Unthought known: Rebecca Bernau & Hitomi Endo dual exhibition / Whitestone Ginza New Gallery
ベルナウが描くアイデンティティの深層や、人間同士のつながりの繊細な変化を体感するために、ぜひ オンライン展覧会 をご覧ください。彼女の作品は、見えざる記憶や心の奥底にある極めて私的な物語を呼び覚まし、静かに問いかけてきます。オンラインで展示される作品を通じて、自分自身の内なる層にも思いを馳せるきっかけとなるでしょう。