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Iwasa 鈴奈が描く偶然の詩:形態生成と幻想世界

2024.09.13
INTERVIEW

Iwasa 鈴奈《葉っぱに思う》より

水が紙に吸い込まれ、波紋が広がるように、柔らかな青や紫が混ざり合い、やがて境界の見えない色彩の景色が浮かび上がる――アーティストでなくても、水彩絵の具やアクリル絵の具、はたまた墨、いや、紙に水が染みこんでいく様を、誰でも一度は経験したことがあるのではないだろうか。

Iwasa 鈴奈は、材料同士の反応から生まれる偶発的な現象を活かし、それを形やイメージとして作品に生成するアーティストである。絵の具と筆、支持体の出会いを発端に、さまざまな事柄、存在を想起させる幻想の世界へと導く。本記事では、アーティスト自身へのインタビューを通して、作品の根底にある思考とその創作過程を紐解く。


Iwasa 鈴奈:ドローイング・形態生成 | drawing・Morphogenesis


偶然が生む形態の連鎖

Suzuna_Iwasa

Iwasa 鈴奈《あめに思う》2024、アクリル・キャンバス

ー Iwasa さんはインクやアクリル、墨などシンプルな画材を使っていますね。それぞれにどのような特徴がありますか?

Iwasa:これら3つの画材は全て水溶性で、染み込みや滲みといった現象を作りやすい素材です。私は当初、銅版画に取り組んでおり、腐食やプレスなどの工程は、一度自分の手から離れる制作方法が私自身に合っていると感じていました。

同じようにインクや墨に関しても、線や滲みをコントロールするのではなく、水の赴くままに任せることに心地よさを感じています。アクリルに関しては、薄く塗り重ねた層やグラデーションなど、色の交差を難なく作れるところに魅力を感じています。

ー画面を泳ぐかのような線や、溶け合うかのような色彩など、Iwasaさんの作品には、水のような流動性を感じます。制作はどのように進むのですか?

Iwasa:水やインクと会話をしながら作品を創る、という感じでしょうか。描いていると、滲みが思わぬ現象を招き、そこから次に描くイメージが引きだされます。そして、これを次々に繰り返していった先で、形態や風景が形成されていくのです。思いもよらないイメージが引き出されることがあるので、驚くこともありますが、それが楽しみでもあります。


線、像、言葉:三位一体の世界

Suzuna_Iwasa

Iwasa 鈴奈《はじまりの風景》2024、34.5X24.5cm、アクリル・キャンバス

ーIwasa さんは偶然性から生まれた連想を、実際の制作だけでなく「言葉」にも見出しいています。Iwasa さんにとって「線」「像」「言葉」はどんな存在ですか? 三者はどんな関係性にあるのでしょうか?

Iwasa: 日本の五十音は、それぞれに響きがあります。私の主観的な感覚ですが、「あ」という音は「驚き」「はじまり」を、「め」という音は「芽」「目」「台風の目」など何かの要(かなめ)を成す中心的な点、円的なニュアンスを感じます。

そして「あめ」は「あま」にも通じ、「雨」「天」「尼」など多彩なイメージに繋がります。それぞれの音がその固有の響きによって言葉となり、その組み合わせでまた別のイメージが誕生するように思うのです。

線で描く形態も同じように、例えば枝形から「血管」「神経」「葉脈」「川」「道」などさまざまなイメージを連想することができます。道から葉脈に変容したというよりは、“葉脈であると同時に道である” ように、ひとつの形態は多義的で複合的であり、その組み合わせで絵が成り立っているのだと、私は考えています。


純粋で軽妙、そして愉快なアートの世界

Suzuna_Iwasa

Iwasa 鈴奈《鳥とおしゃべり》2024、43X43cm、アクリル・キャンバス

ー当初は銅版画をしていたとのことですが、アートに惹かれた理由を教えてください。

Iwasa:完成された作品に感銘を受けたことはもちろん沢山ありますが、どちらかというと、オーギュスト・ロダン(1840 - 1917)やヨーゼフ・ボイス(1921 - 1986)などの下絵や素描、エッチング、ほかにも白描画などに惹かれることが多くありました。線の軽妙さや繊細さだけでなく、構想を練り上げる前のいたずら描きのような新鮮さがあって、魅力を感じていました。

ーアートの道に進むことを決意した理由は?

Iwasa:例えば、デッサン用の古代彫像の一部が日常の中にあったり、街の中に突然大きな蜘蛛が現れたり、カラフルな人間の彫像が現れたり、そういった有用性のない「モノ」に遭遇すると、どこかにトリップしたような気分になることがあります。そんな旅行に行った時のようなファンタジーを、私も作りたいと感じたのです。

思い返せば、作品を観た時の受け取り手としての自分の愉快な体験ー純粋に作品に遭遇・鑑賞することができた時の経験ーが、原点になっているように思います。


鹿とともに視る、捉え難き幻想

Suzuna_Iwasa

Iwasa 鈴奈《森の風景》より

ー軽井沢での展覧会は Iwasa さんのホワイトストーンギャラリーでの初個展となります。副題の「ー鹿のあたまから生えた植物に花が咲き、風景が出現するまでー」はイメージの膨らむ詩的な表現ですね。

Iwasa:タイトルの「形態生成」をより分かりやすくするために、この副題をつけました。私にとっては ”形の連想” が面白く、形態そのものに強いこだわりを持つことはありませんでした。

しかし、今回の展示ではあえて「鹿」を意識しました。鹿の頭部の形態は非常に魅力的で、頭蓋はトルソーや器、角は枝や血管、羽に通じ、これらを組み合わせることで無限にイメージが発展していきます。また、角は生え変わることから、生命や森、自然の象徴として扱われることも多いので、生きることに対するポジティブな面を生かしたいと考えました。

Suzuna_Iwasa

Iwasa 鈴奈《微かなる風景》2024、29.5X34.5cm、アクリル・キャンバス

鹿の角が水草のように伸び、その先にツリガネムシのような花が咲き、また鹿のようなシルエットが浮かび上がる。ミクロな視点と連想の融合によって、観る者を幻想的な世界へ誘う。

ー展示作品の中で特にこだわった点やぜひ注目してほしい作品はありますか?

Iwasa:今展で展示する一枚一枚の絵は、私が日常生活の中で手にしたモノや目にした光景にインスピレーションを得ています。目にした光景が私の思い出や想像を刺激し、そこから喚起された風景を形態として形造った、私の連想の軌跡なのです。

それと同時に、どの絵にも鹿を思わせるパーツが現れます。作品全体を眺めると、鹿が散歩しているだけのようにも、連続的な絵物語にも見えますし、それぞれが独立した風景にも、はたまた鹿の頭の中だけのファンタジーなのかもしれせん。様々な見方ができる作品群ですので、ぜひ自由にご覧いただけたらと思います。


コトバとカタチの遊びの世界へ

Suzuna_Iwasa

Iwasa 鈴奈《おち葉に思う》2024、36x140cm、アクリル・キャンバス

Iwasa 鈴奈 の作品は、掛詞のように言葉と形態が幾重にも重なり合い、その複合的な意味を観る者に投げかける。そして、「各々自ずから成るものを受け入れる世界、そこで形成された形は複合的でミラクルがあるように思います」と作家が語るように、偶発的な現象が引き出す新鮮な美しさと、多義的な形態が同居している状態ことが、Iwasa の絵画なのだ。


Iwasa 鈴奈:ドローイング・形態生成 | drawing・Morphogenesis


Iwasa 鈴奈 の個展『ドローイング・形態生成 | drawing ・Morphogenesisー鹿のあたまから生えた植物に花が咲き、風景が出現するまでー』は、ホワイトストーンギャラリー軽井沢にて、2024年9月14日から10月6日まで開催。 ぜひその目でご覧ください。

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