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記憶と夢の狭間を描く:遠藤仁美の鮮烈な内なる風景
2024.10.23
INTERVIEW
遠藤仁美は、夢や記憶の上書きをテーマに、幻想的で儚い風景を独自の強度で描きだす現代アーティストである。鑑賞者は作品の光景に既視感を覚える一方で、同時にどこか異質で不可思議な感覚を抱くかもしれない。遠藤は、過去と現在、現実と夢の狭間を巧みに描き、おぼろげな記憶や感情が織りなす風景を独特の色彩と光彩で映しだす。
本インタビューでは、母親の影響を受けた遠藤がどのようにしてアーティストを志したのか、また制作プロセスにおける「消す」行為の意味や、夢と現実が交錯する独自の表現について探求。さらに、展覧会『Unthought Known-思いがけない既知』への共鳴についても深く掘りさげる。
日常とアート:母親の影響が育んだ創作の原点
Unthought known: Rebecca Bernau & Hitomi Endo dual exhibition / Whitestone Ginza New Gallery
幼い頃からアートに触れてきた遠藤にとって、母親の存在は、創作の根幹に深く関わってている。「生まれた時から絵を描く母の背中を見て育ちました。成長するにつれて、自然と絵に興味を持つようになり、いつしかアートが私の生活の一部となったのです」と彼女は語る。日常の中でアートを楽しみ、休みの日には家族を美術館に連れ出していた母親の姿は、遠藤にとってアートが特別なものではなく、生活そのものであることを示していた。作品制作においても、その延長線上にある「生活の中でアートを楽しむ」という感覚が強く継承されており、自身の作品が誰かの生活空間に飾られる瞬間を想像しながら、一筆一筆を重ねている。
遠藤の作品は、彼女自身の記憶や夢の中で見た風景を基にしており、時間とともに曖昧になっていく感情や、忘れかけていた情景の断片を視覚的に浮かび上がらせる。「夢で見た風景や、家族との時間が私の作品に深い影響を与えています」と彼女は振り返る。作品のモチーフやテーマは、遠藤にとってきわめて個人的な体験に基づくものだが、こうした個人的な物語は年代や場所を超えて、見る者に邂逅と共感の念をもたらす普遍性をもつ。
夢の中の風景と記憶の再構築
Unthought known: Rebecca Bernau & Hitomi Endo dual exhibition / Whitestone Ginza New Gallery
遠藤仁美の作品における “夢” や “記憶” というテーマは、彼女自身の幼少期から続く強い原体験に根ざしている。彼女には、幼い頃から何度も繰り返し見る同じ夢があるという。「何歳か忘れたのですが、忘れるたびに何回も同じ夢を見た経験があります。そこには、見たことがない美しい風景と、4人の家族の父親になった私が、森で歩いているんです」と遠藤は語る。
「どこにでもある風景なのに、夢で見た景色はとても美しく、初めて見るような世界に感動しました。この夢がこれまで見た夢の中で最も心地よいものですが、同時に禍々しさと恐怖を感じる夢でもあります。私はこの夢を見るたびに、あそこは楽園だろうか、それとも全く逆の世界なのだろうかと、考えてしまいます」
心地よさと恐怖という相反する感情を抱かせる景色とは、一体どのようなものだろうか? 遠藤が繰り返し見るこの夢は、創造の核であり、作品を通じて夢と現実の境界を探りながら、その曖昧な感情や記憶を視覚的に再構築している。
消すという行為:肯定と否定の反復が生む表現の自由
Unthought known: Rebecca Bernau & Hitomi Endo dual exhibition / Whitestone Ginza New Gallery
遠藤仁美の作品制作において、特に注目すべきは、彼女が繰り返し行う “消す” という行為にある。「記憶の端にある風景をレイヤーのように重ねていくことで、私が見た風景に近づけたいと考えながら制作しています」と彼女は語る。一度描いた風景をあえて消し、その痕跡を蓄積することで、記憶や風景の不確かさを浮かび上がらせている。
遠藤の “消す” という行為は、単なる削除ではなく、時間とともに変わりゆく感情や記憶の曖昧さを視覚でなぞるプロセスだ。風景が曖昧になる瞬間に、逆に際立つ感情の流れを探りながら、彼女はその背後に潜む新たな意味を見出していく。描いた風景を消すことで、隠れていた要素が浮かび上がり、新たなレイヤーが作られ、遠藤の作品に多層的な深みをもたらしている。
既視感と異質感の共鳴:思いがけない既知から見える風景
Unthought known: Rebecca Bernau & Hitomi Endo dual exhibition / Whitestone Ginza New Gallery
遠藤仁美の作品には、夢や記憶の断片を描いた幻想的な風景が多く見られる。遠藤の作品に通底する展覧会のテーマ『Unthought Known-思いがけない既知』は、その既視感と異質感の絶妙なバランスである。遠藤は夢の中で繰り返し見た風景を描き出すが、その風景は一度見たことがあるような懐かしさを抱かせながらも、どこか現実離れした不思議さが漂う。
「私の夢はいつも、私と家族、4人だけの世界で話が始まります。そこでは美しい風景を見ながら、私は架空の息子と遊んでいるのです。夢の中では、家族を深く愛おしく感じているのです。でも目を醒めるとあの感情は消えてしまい、時間が経つとあんなに愛おしかった家族の顔も思い出せない。彼等の顔を留めようと、風景と共に描き続けているのです」と、作家は『Unthought Known』というテーマと自身の作品のつながりについて語った。
父の面影が映る山の風景:感情の層を描き出す
遠藤仁美《love again》2024, 91.0 × 72.7 cm, アクリル・インク・キャンバス
ピンクや青、オレンジ、黄色の線が縦横に交錯する景色の中、ひとり佇む人影ーー『Unthought Known』展のメインビジュアルである《love again》には、遠藤仁美が実際に経験した個人的な出来事が深く反映されている。「友人と4人で筑波山に登りました。休憩を挟みながら登っている途中、私の父に似た人が前を歩いていて、一瞬父かと思って二度見してしまいました」とその瞬間を思い返しながら語る。
偶然の出来事に加え、遠藤はそのときの景色がとても美しかったと振り返る。しかし、その美しい風景には、どこか悲しさも含まれていた。「その人が私の後ろにいる家族に手を振っている姿を見て、悲しい気持ちになりました。でも、景色はとても綺麗で、悲しくもあり、温かい気持ちにもなりました。」
偶然の出会いがもたらす、美しさと切なさ。カラフルで淡い色合いが美しい景色とは打って変わり、鮮やかな黄色と赤でアウトラインを強調された人物の対比によって、作家自身が体験した相反する感情の共存が作品の中で繊細に表現されている。
深化する自己探求:色彩と光で描く遠藤仁美の挑戦
Whitestone Ginza New Gallery × CAFÉ AMADEUS STORY
遠藤仁美にとって、今回の展覧会は前回のグループ展に続く2度目のホワイトストーンギャラリーでの展示となる。「去年の作品は、この作風を始めたばかりで、まだ手探り状態でした」と、当時の制作プロセスを回想する。
一方で、今回の作品制作においては、「今年になってからは表現が安定し、とても綺麗に作品をまとめられたと感じています」という作家の言葉のとおり、実験的な試みが定着してきたという自信が現れている。中でも作品の出来を決定づける色に関しては、「制作をする際は、絵の具の実験をしながら制作を進めています。絵の具がもつ勢いのある色彩をどのように表現するべきか、常に考えてノートにまとめ、色を使い分けています」と、制作での工夫を語った。
遠藤の作品には、色彩の大胆なコントラストや、レイヤーを巧みに重ね合わせた構図、光そのものを感じさせるような繊細な線描など、作品の随所に遠藤の自己探求と表現の深化を見てとることができる。
Unthought known: Rebecca Bernau & Hitomi Endo dual exhibition / Whitestone Ginza New Gallery
遠藤仁美が描き出す夢と記憶の風景は、曖昧さと鮮明さが共存する独特の表現で、多くの鑑賞者に新鮮な視点を与えてくれるだろう。オンライン展覧会では、遠藤仁美の最新作に触れることができる。新たな一歩を刻む彼女の作品世界を、ぜひ深く味わっていただきたい。