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MADARA MANJI × 土方明司|進化する伝統と現代アートの融合
2024.07.11
INTERVIEW
土方明司 × MADARA MANJI
川崎市岡本太郎美術館の土方明司館長がアーティストとの対話を通して作品に迫るシリーズ。第6弾は、日本の伝統的な彫金技法「木目金」を用いた作品で知られる、現代アーティストの MADARA MANJI との対談を実施した。
前半では土方明司が作家のアトリエを訪れ、制作過程と作品のテーマについて作家と語り合った。対談後半では、MADARA MANJI (マダラ・マンジ)がアーティストとしてデビューするまでの道のりを幼少期にまで遡って回想。日本美術史に深く名を刻む岡本太郎との共通項も見出された。
名は体を表す: MADARA MANJI
“Invisible Dimension” 2024, Whitestone Gallery Beijing
土方:まず、最初に名前についてお聞きしたいのですが、「マダラマンジ」というのは不思議な名前ですね。由来は何ですか?
Manji:いくつか理由はありますが、名前というのは通常、自分の意志でつけられるものではありません。僕の名前も親がつけたもので、出生時に選択肢がなかったことに疑問を持っていました。だからこそ、アーティスト活動をする際には、自分の意志に基づいた名義を使いたいと考えたんです。
僕の本名を少し変えると、「マンジ」という名前になるんですよ。作品の斑模様にちなんで「マダラマンジ」にしました。
人間社会への疑問が、人間への興味に変わるとき
MADARA MANJI
土方:そもそも、アーティストになろうとしたきっかけは何ですか? 子供の頃からものを作ることに興味があったのですか?
Manji:実は、ものを作るのが嫌いなんですよ(笑)。僕は昭和63年に東京で生まれたんですが、生まれた時から既製品ばかりで、ものを作ることへの耐性が根こそぎなくて、もの作りは嫌いでした。
それに加えて、幼稚園の頃から不登校になっちゃったんですよ。
土方:早いですね、幼稚園からというのは。
Manji:幼稚園で驚いたのは、目に見えない人工物が多かったことです。例えば、食器を使ってご飯を食べるという基本的なことから始まり、倫理やルール、時間、歴史などがなぜ必要なのか、理由が分からずストレスを感じたので、初日に行ったきり、そのまま家の中で暮らしていました。
家で過ごすうちに、動物にはなくて人間にだけあるものは何だろうと考えるようになって、「疑問」にたどり着いたんです。そして、この「疑問」は「想像力」に起因しているんじゃないかとも。もちろん、当時はこんなに言語化できていませんでしたが、意味不明だと思っていた「人間」という存在が、一転して面白い存在になったんです。
人間から動物を引いた時に残るものは何かを考えたいと思い、心理学や哲学に興味を持つようになって、最終的にそれを一つの形にしたいという欲求がありました。10代半ば頃にアートというジャンルを知って、これが自分のやりたいことに適しているんじゃないかと思い、アーティストを目指すようになりました。
芸術家・岡本太郎と MADARA MANJI の共通点
土方明司
土方:子供の頃になかなか社会生活に溶け込めないという点では、まさに岡本太郎も同じです。
岡本太郎は風刺漫画の先駆者として知られる父・岡本一平と、文学者の母・岡本かの子の間に生まれましたが、いわゆる社会的な規範を全く学ばないまま小学校に入り、やはり全然馴染めない。
彼は19、20歳の時に両親と一緒にパリに行き、20代前半でシュルレアリスムとアブストラクトの国際的な美術グループに迎えられる。彼はアーティストとして若きスターになる一方で、美術に対して大きな疑問を持つようになるんだよね。どちらのグループも人間の抑圧された部分を解放しようという意図から新しい美術が生まれたはずなのに、結局一般の人たちには開かれていなかった。
彼は20代半ばでスランプに陥り、MANJI さんと同じように美術以外の哲学や心理学、宗教学に興味を持った結果、最後に行き着いたのが民俗学。縄文土器に美術的意味を見出したのは岡本太郎が初めてでね。宗教学や民俗学の知見があったからこそ、西洋美術の文脈にない美術を理解した。
私が言いたいのは、一番多感な頃にあらゆるもの、常識とされるものに疑問を持つことは、アーティストとして非常に重要な感覚を持っている証になるのではないかということです。若い頃に常識や世間に対して疑問を持つことは非常に大事で、それを忌避するのではなく、変えるための核となる何か、作品を作れるかどうかがアーティストとして重要な分岐点だと思います。
29歳でひと作品だけの展覧会を開催
“Invisible Dimension” 2024, Whitestone Gallery Beijing
土方:アーティストとしてデビューするまでの道のりを教えてください。
Manji:僕が最初に考えていたテーマは「人とは何か」ということでした。これをさまざまな要素に細分化して、まず「人の精神とはどういう有様か」という視点から、人間の精神に顕れる秩序と混沌を可視化したいと考えました。
そのために、金属を混ぜてアイコニックな作品を作りたいと思ったのですが、具体的な方法が分からず、いろいろ調べた結果、最終的に京都の伝統工芸の工房の親方に弟子入りしました。金属の基礎的な加工方法、叩く・熱する・削る・研磨する・仕上げる・溶接するなどの作業を2年間ほど働きながら修行し、22歳頃にその業界を離れました。
その後は自分の閉鎖的な世界に没入しながら、働きもせずに10年間思うままに生活をしていたら、20代も終わりに近づいていた。ようやく作品を作ろうと思い立っても、作品を作るためには当然お金がかかる、作品がなければ展示はできない、展示ができなければ利益も発生しないという、単純で当然のことにようやく気づいたんです。
そこで初めて心を入れ替えてバイトを始めました。29歳の時に1年間バイトして、たった1点だけ作れました。その時の作品をホワイトストーンの方が見て、スカウトしてくれたんです。
土方:どこで?
Manji:きっかけは、ひとつだけ展示した展覧会です。ここ(対談を行った場所)に作品を1点置いて展示したんですが、1週間で20人も来ませんでした。でも、その時に来てくれたお客さんを通じてホワイトストーンと繋がることができました。そこから本格的に、思考や想像ではなく、手を動かして物を作る行為が一気に加速しました。
“Invisible Dimension” 2024, Whitestone Gallery Beijing
土方:ホワイトストーンとの初めての展覧会は何年前ですか?
Manji:2017年が初めてです。
土方:作品は何点ぐらい出しましたか?
Manji:11点です。
土方:どうでしたか? 手応えは?
Manji:全然ダメでしたね。これでクビになるんだろうなと思ったくらいでしたが、今回得たこのチャンスをどうにか前進させたいと思って、そこから何とか話を進めて次の展覧会のチャンスをいただきました。結果を出せるかどうかが次のステップへの鍵だったので、結果を作ってまた仕事をいただくというのを繰り返し、今に至っています。
土方:繰り返すということは、それなりに手応えを感じて、ある程度反応も広がってきたということですね。
Manji:少しずつですね。
MADARA MANJI: Antagonism and Transcendence, Whitestone Gallery Karuizawa Gallery, 2017
MADARA MANJI が見据える、アーティストとしての行く先
“Invisible Dimension” 2024, Whitestone Gallery Beijing
土方:今年は展覧会をやるんですか?
Manji:はい。今年は美術館での展示や研究に注力しています。これまではマーケットでの活動に全力を注いできましたが、それは自分の内側にあるパワー、10年か20年かずっと物を考え続けて毎日何かを感じ続けたこのインプットのをアウトプットという形で出しまくる期間でした。
だけど、作品制作に必死になりすぎて、新たな展開や自分の中の作品の展望を作る暇がなかったんです。現在のキューブシリーズは、20代の10年間で作品と呼べるものを作ったのはたった1点だけでしたが、その後の4、5年で130個ほど作り、技術的に満足するものになってきました。作品も全部売れて嬉しい反面、「これ以外の表現は何?」と問われた時に困惑してしまったんです。
この状況を打破するために、自分の世界観をより明確に、より壮大に表現できるアウトプットを作るべきだと考え、研究と美術館の展示に方向転換しました。それが2年前です。2024年の一番の目玉は長野県志賀高原にあるロマン美術館での個展です。黒川紀章設計の建物の美術館で、私の作品と相性が良いと感じました。
また、ランドアートのような大規模なオブジェクトにも挑戦したいと考えています。
土方:具体的には?
Manji:木目金は小さいものを作る技術なんですけど、僕は最小と最大には共通項があると思っています。例えば遺伝子と宇宙が構造的に等しい、というように。スケール感をずらしても何か共通するものがある、という考えが好きなので、パブリックアートの案件にも取り組んでいます。現在のアシスタントやチームも、この目的のために集めています。
土方:じゃあ、ある程度自分の方向性を見極めているわけですね。
Manji:まだまだですが、色んな方の支えと指導のおかげで、今の自分があります。
対象としてのオブジェがもたらす、工芸とアートのつながり
“Invisible Dimension” 2024, Whitestone Gallery Beijing
土方:ここ近年、工芸と現代美術の境界がずいぶんゆるやかになっていますよね。
戦後、「オブジェ」という言葉が流行ってね。オブジェという概念も使う人によって意味が変わってきますが、ある意味では土着的なオブジェは呪物に繋がります。オブジェというのは考えようによってはフェティッシュ、感覚と繋がり、呪物に繋がるんです。
例えばこれから海外に現代美術のアーティストとして戦略的に出ていく場合には、どうしても個人としての個性以上に、世界観やインターナショナリティを持つ必要があります。何が言いたいかというと、オブジェを極めていく時の武器として、木目金という先人が培ってきた技術は非常に重要です。これは欧米にはないものだからね。これを自分の引き出しにどう納めていくか、どう出していくかが、楽しみですね。
Manji:はい。
土方明司 × MADARA MANJI
1000℃以上の高熱と何万回もの打撃という破壊的エネルギーが注入された作品には、MADARA MANJI にとって重要な要素が記録されている。苛烈極まる制作過程を通して、作家は作品に、単なる視覚的な美しさだけでなく、内なる精神性や哲学を込めているのだ。
木目金という伝統技法を現代アートの中で再解釈し、独自の世界を創り上げて、観る者に新たな視点と感動をもたらす MANJI は、美術館での展示やランドアートといった大規模なプロジェクトを通じて、自身の表現の幅を広げることに意欲を燃やしている。
MADARA MANJI の全作品を見るには、 こちらをクリック してください。