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ロナルド・ヴェンチューラの謎に満ちた芸術性―シンガポール・ニューアート・ミュージアムにおける個展
2023.11.15
インタビュー
“Ronald Ventura: An Introspective” New Art Museum Singapore
ロナルド・ヴェンチューラの多層的な芸術の物語が、シンガポール・ニューアート・ミュージアムのグランドオープンにおいて中核をなす。ホワイトストーンギャラリーの全面的なバックアップのもと、当美術館はアートシーンにおいて存在感を増すシンガポールの新たなランドマークとなるだろう。この特別な機会を飾るのは、フィリピン・アートシーンを代表するアーティスト、ロナルド・ヴェンチューラ。その創造性と才能が新たな高みへ達していることがまざまざと伺える。インタヴューを通し、記念すべき個展『内省』と彼の芸術哲学に迫る。
ロナルド・ヴェンチューラとは何者なのか?
“Ronald Ventura: An Introspective” New Art Museum Singapore
1973年、フィリピンのマニラで生まれたロナルド・ヴェンチューラは、シンガポールでもすでにその名を知られている。彼のシンガポールでの直近の展覧会は約10年前の2012年、シンガポール・タイラー・プリント・インスティチュート(STPI)におけるレジデンス・アーティストとしてであった。当時はフィリピン発の現代美術への理解は明らかに国内止まりであったが、続く数年のあいだにフィリピンを代表するアーティストとしての認識は国際的に高まった。
また彼は『ヴォーグ』誌でも採り上げられ、現代美術というジャンルにおける東南アジアのベスト・アーティストと認知された。2021年秋のクリスティーズ・オークションではHK$19Mで落札されたことも記憶に新しい。
Ronald Ventura at New Art Museum Singapore
『内省』と題された今展は、絵画と立体の混合で構成され、軽井沢ニューアート・ミュージアムで開催された同名の展覧会の巡回展となる。ヴェンチューラの代名詞ともいえるモノクロームの色彩が健在である一方、比類なきデッサン力と新たな素材を美しい芸術作品へと変容させるその技量は驚きをもたらすだろう。NUS美術館館長のアーマッド・マシャディはかつてヴェンチューラの絵画を「魅了し、驚嘆させ、そして混乱させる劇場的タブロー」と評した1。
『コミック・ライヴス』シリーズにおける文化の融合
“Ronald Ventura: An Introspective” New Art Museum Singapore
美術館へと足を踏み入れれば、壁面いっぱいに拡がる、東西のポップ・カルチャーから抽出されたアイコンが混淆する巨大な油彩画に迎え入れられる。片側には東洋の影響が強いアニメのキャラクターの少女がクローズ・アップされるが、もう片方の底辺にはアメリカのコミックにインスパイアされた少年など、西洋への言及がみられる。いくつかの作品において、いかにポップ・カルチャーというものが中心をなしているかに驚かされるかもしれない。そこにはミッキーマウスやスーパーマンといった著名なアイコンが出現している。興味深いことに、スペイン・日本・アメリカからの影響を作品に組み込んだに過ぎない、とヴェンチューラは言う。
“Ronald Ventura: An Introspective” New Art Museum Singapore
―『コミック・ライヴス』シリーズのように、文化の重複を強調するためにアメリカのみならず日本のポップ・カルチャーへも言及されています。作品において文化を混ぜることの意義を詳しくお聞かせ願えますか?
ヴェンチューラ:我々フィリピン人は(考え方や伝統も含めて)土着の文化と、スペイン・アメリカ・日本の統治下の文化の融合から成り立っている。私の作品はそれらの合成物だ。我々の存在とは経験したことすべての要約であって、それがひとつによって定義されることはない。この融合の段階にはある種の居心地の悪さや緊張があるものだが、それらが面白く、説得力のある視覚の層(レイヤー)を形づくってもいる。ある評論家はそれを「視覚のサンドイッチ」と表現したけれどね。
芸術家としての進化と立体制作におけるヴィジョン
“Ronald Ventura: An Introspective” New Art Museum Singapore
芸術家として歩み始めた初期の作品では、ヴェンチューラは一貫して人類の現実 を投影してきた。ヴェンチューラは自らの芸術を「複数の異なる現実を重ねる」ひとつの方便と捉えている2。超現実に起こるものの人類が直面する様々な課題―商業主義から環境汚染、戦争まで―を想起させる装置として、彼は幻想的な世界をイメージする。作品におけるひとつの恒久的な要素は、絶えず在り続ける人類の存在である。
ヴェンチューラは人間と動物の境界をぼかすが、これは人間の動物性が描かれる立体作品のなかで、霊性を創出しながら頻出するテーマである。とりわけ「ズーマニティーズ」シリーズのなかで顕著であり、そこでは動物の身体の一部と人類との融合が現われる。彼の小規模な立体作品は複合的な性質を有し、おもちゃと人型の双方に類似している。たとえば立体の脚部ないし頭部が、人型を示唆する。頭部は置き換え可能で完全に発明されたモジュール(類型)であり、個性という不可侵性は剥奪される。人類と動物の解剖学の並置は、結果として体内における主体性への闘争をもたらす。
“Ronald Ventura: An Introspective” New Art Museum Singapore
―世界は進化しますが、私たちはその進化と変化の一部であり、作品もまたしかり、です。この間断なき進化とともに、あなたの芸術はどのような変遷を遂げてきたのでしょうか?
ヴェンチューラ:たくさんの変化、というべきだろう。パンデミックとロックダウンのさなかに―どこにも行けなかったわけだが―転換点があった。その間は「動く」ということ、立体というものがどのように動性をもち、決まったエリアに閉じ込められないようにするかに執りつかれていた。アートそのものがひとつのライフスタイル、スタイルの中を生きるものとなる。また、旅行の一般化とインターネットの普及は、変化というものを瞬時のものにしてしまった。そこはイメージの宝庫であり、人は耽溺し、インスパイアされ、体験したすべての文化とともに変化する。
“Ronald Ventura: An Introspective” New Art Museum Singapore
-どのようにして立体のサイズや形態をお決めになるのでしょうか?また、鑑賞者に作品から汲み取ってほしいことは何でしょう?
ヴェンチューラ:主題が立体作品の大きさを決定する。何を汲み取ってもらいたいかは、完全に鑑賞者に委ねている。彼らの個人的な状況とか偏向の在り方にね。私の作品は単なる示唆にすぎない。
ヴェンチューラのヴィジョンと展覧会に望むこと
“Ronald Ventura: An Introspective” New Art Museum Singapore
アートの世界では、ヴェンチューラのような輝く存在はほんの一握りだ。シンガポールでの最新の個展『内省』では、ヴェンチューラがどのような方法で因習というものに挑んでいるかがよくわかる。彼の芸術は再発見と未知の表現の在り方の生き証人である。ヴェンチューラの作品を何度も見ていると、人類/自我と社会への概念、またそれがどのように作品に投影されているかを深く考えさせられる。いくつかの作品では死の深刻さがコミカルに描かれ、迫りくる悲劇の衝撃が軽減されている。アルミニウムやファイバーグラスといった素材もヴェンチューラの作品にはよく使われる。そのユニークさを語れと言われれば、すべての要求に叶う、といえるだろう。
-『内省』というタイトルの意味とそこに込められたコンセプトは?
ヴェンチューラ:「レトロスペクティブ」(回顧)ではなく「イントロスペクティヴ」(内省)としたのは、作品は絶え間ない進化のなかに展示されているからだ。特定のシリーズの作品が完成したり、自然の成り行きをたどる、という感慨を持ったことはない。ある展覧会のために作品を創り終えると、どうも落ち着かなくなって新しい形態や、新鮮なアプローチ、試したことのない表現方法へと迷い込んでしまう。重複は起こるし、プロセスが継続する。変化、さらなる探究、内省的になること、はいつも延長線上に現れてくる。
“Ronald Ventura: An Introspective” New Art Museum Singapore
-『内省』展において、作品をとおしてシンガポールの観客にどのようなインパクトを与えたいと思いますか?
ヴェンチューラ:観客の方々に自分が提供しているのは、絶えず変化する心の在りようへの、ひとつの視点だ。想像しなおされているヴィジョンを育て続けることこそが私のゴールなんだ。境界線を越えていくこと―アーティストであることの醍醐味のひとつだね。
境界、内省、そして変容の旅
“Ronald Ventura: An Introspective” New Art Museum Singapore
ヴェンチューラと会話しながら、力強く刻々と変化する彼の芸術的心情が生み出す風景を私たちも旅してきた。あらゆる文化からの影響を継ぎ目なくブレンドし、人間の在りようの複雑さのなかを航行するヴェンチューラの能力には瞠目せざるを得ない。
彼の思想やインスピレーションの源について知れば知るほど、果敢に境界へと挑み、自らの芸術を通して世界を再考するアーティストの姿を目の当たりにすることになる。ヴェンチューラの作品は内省の本懐へと語りかけ、議論を白熱させ、さまざまな感情を掻き立てる表現の力というものの見本といえる。
“Ronald Ventura: An Introspective” New Art Museum Singapore
『内省』を通じ、彼はシンガポールの観客に考える契機となる何かを与える―すなわち、アイデンティティ、社会、そして人間の経験というものについて。ヴェンチューラの芸術は私たちに、世界を違う視線で見つめ、現状を疑問に付し、継続的な変容の美を受け入れることを促す。
シンガポール・ニューアート・ミュージアムにおける『内省』展は2024年1月28日まで。このエキサイティングで冒険的な展示をぜひご体感ください。
“Ronald Ventura: An Introspective” New Art Museum Singapore
1Ahmad Mashadi, “Mapping the Corporeal” Ronald Ventura solo exhibition, published September 5 2008.
2Sonia Kolesnikov-Jessop, "A Filipino Artist's Fantastical Vision, Finely Crafted", International New York Times, Arts Section, published November 4 2011.