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具体だったことは私のすべて

評価され続けているアジアのアート
20/23

“前川強: 物質の力” ホワイトストーンギャラリー台北, 2017

国際的に評価されているアーティストやアジアのアートマーケットに関しての書籍『今、評価され続けているアジアのアート』をデジタルアーカイブとしてお届けするシリーズ企画。第20回目は、アーティストの前川強と、美術評論家の本江邦夫の対談をお届けする。

具体だったことは私のすべて|美術界の達人に聴く

前川 強
アーティスト

本江邦夫
多摩美術大学名誉教授 美術評論家

いま、具体美術が再び脚光を浴びている。国内外の美術館で「具体」の作家が紹介される一方で、オークションでも高値が続出。その先達であった吉原治良、白髪一雄、田中敦子、上前智祐などはすでに故人となったが、具体解散後もなお具体の気概と理念を引き継ぐアーティストに注目が集まる。前川強は彼ら「具体第二世代」と呼ばれる世代を代表する作家の一人である。

具体美術との出会い

本江 すごく垢抜けてますよね、前川さんて。画家というよりデザイナーみたい。

前川 実際、グラフィック・デザイナーをしていたこともあるんです。

本江 やっぱり! ところで前川さんは具体美術協会の第八回展から参加されていますけど、まずは具体に入られた経緯から教えていただけますか?

前川 初めはモダンアート(協会)に憧れて、二、三回だったと思いますが出品していたんです。高校の先輩に早川良雄さんとか中村真さんがいて、アトリエや家に遊びに行ったりもしていました。そのうち、同じくモダンアートに出品していた嶋本(昭三)さんや上前(智祐)さん、鷲見(康夫)さんとの縁が出来て、彼らが具体美術協会に出品していたこともあって、具体美術の存在を知るようになったんです。それで「一回、吉原さんに作品を見せたほうがええんちゃうか」という流れになって……。

本江 どんな印象でしたか、初めて見た具体の展覧会は。

前川 「おもろいとこやな」と思いましたね。他のグループとは全然違っていて。

本江 誰でも出品できたのですか?

前川 出せるには出せますけど、吉原先生に見てもらって、「いい」ということになれば、正式に出せるという形でしたね。

本江 そうだったんですね。ところで、吉原治良の自宅にトラックで作品を持ち込んで、門を壊してしまったというのは本当ですか?

前川 そういえば、そんなこともありましたね。でも、少々壊れてもわからないくらい古い家でしたから(笑)。

本江 そのとき何歳でしたか?

前川 高校を卒業したばかりでしたから、19歳でした。

本江 ずいぶん早熟だったんですね。具体発足が1954年で、前川さん(36年生まれ)が会員になったのは61年。資料によると松谷武判(37年生まれ)、向井修二(39年生まれ)らとともに「具体第二世代」という位置づけですね。当時、吉原治良は50歳くらいということになりますね。

前川 初めに具体を認めてくれたミシェル・タピエ(仏・美術評論家)が当時、「これ以上メンバーを増やすな」というようなことを吉原さんに言うてたらしいのですけど、少しマンネリ化してきたので、「それじゃあ、若いのを入れようか」ということになったようですね。会員になるのに四、五年かかりました。

本江 それ以来、ずっと具体ですか?

前川 解散するまで具体一筋でした。

個展会場、自作品の前で。作家:前川強

具体の先達・吉原治良とメンバーたちの切磋琢磨

本江 当時の具体のことを教えていただけますか?

前川 私が出品し始めた頃、「アイデア」というデザインの雑誌で具体美術が特集されたことがあったんです。「これはもう、アートを超えたものや」と思いました。それぐらい不思議なグループやったんですよね、具体は。具体に出会う前はいろんな画廊に行ったり、公募展を見に行ったりしてましたけど、具体に入ってからはないですもん。絶対的に違うものが具体にはありましたね。

本江 そんなに。何がそんなに違っていたのでしょうか?

前川 グループそのものが独特というのももちろんありますけど、メンバーそれぞれが自分のカラーや才能を完璧に持っていたんですよね。白髪(一雄)なら白髪、元永(定正)なら元永と。そこまではっきりした違いが出ているグループは、先にも後にも具体の他にないんですよ。

本江 前川さんは最後までずっと具体にいたんですか?

前川 はい、二十代の頃からずっと。

本江 そういう会員は珍しいのですか?

前川 いえ、途中でやめた人のほうが少ないかもしれませんね。65年に田中敦子さんと金山明さん、あと大阪万博のときに色々あって元永さん、村上三郎さんがやめたくらいですかね。万博が終わって2年くらいしてから吉原先生が亡くなられて、それでもう仕方ないから、あきらめようかということで解散したんです。

本江 吉原さんはやはり絶対的な存在だったんですか?

前川 絶対的でしたね。年齢的にもそうですし、当時から有名な人でしたから。

本江 じゃあ、吉原さんと前川さんが激論したりすることはなかった?

前川 激論したことはないですね。向こうにしてみたら子ども相手みたいな感じでしょうし(笑)。でも、子ども扱いされたことは一度もありませんでした。「絵を見てほしい」とお願いしたら、仕事をほったらかしてでもちゃんと見てくれましたね。

本江 どんな状況だったんですか? 吉原さんに絵を見せるときというのは。

前川 中ノ島の本宅や芦屋の別荘によく集まっていました。畳の上にみんなで座って、話を聞いていましたね。それから、本宅の中庭に蔵があるんですけど、そこに会員の目立つような作品をしまっておいて、外国からお客さんとかが来るとそれを並べて、見せていましたね。

本江 メンバー間は、どうでしたか。互いに刺激し合うような感じですか。

前川 「今度の展覧会で誰が一番良かった」とか、そういう話はよくしてましたけど、常日頃、刺激し合うような間柄ではありませんでした。具体は他のグループに比べて、あまり制作についての話をメンバー間でしないんですよね。あくまで、吉原先生に見せる、という感じで……。むしろ、展覧会までお互い秘密にしておくわけです。競争意識がとても強かったのだと思います。

本江 ところで、一時期、ヨーロッパで具体が話題になって、日本からパフォーマンス系の作家がたくさん向こうに行きましたよね。そんなこともあってか、「具体」というとパフォーマンス系の作家の印象が強いようなんですが、そのことについて、前川さんはどうお考えなんでしょうか。

前川 個人的には「絵の方で行きたい」というのが元々あったので、わりと冷めた目で見てましたし、僕が具体に入った頃は、みんなそういうのをやめて、絵を描いていたように思いますけどね。

本江 最初はいろいろあったけど、最終的に全体として絵が中心になったということですか。

前川 最初の頃の野外展とかはなくなりましたね。そういえば、この間のグッゲンハイム美術館の具体展でも再現したんですけど、第11回の具体展で〈カードボックス〉というのをやっていたんです。

本江 カードボックスですか?

前川 中に人が隠れていて、箱の中に10円を入れるとカードを出してくれるんです。最終日に会員の人たちに「お前もやっとけ」って言われて、最後にお金を入れたらこのカードが出てきたんです。

本江 これは吉原さんの字ですか?

前川 吉原先生は僕を驚かせようとして、一生懸命やってくれて…。他にそんな推薦状もらった人なんていないんです。僕だけが、もらったんですわ(笑)。

本江 中にいた人しか分からないエピソードですね。吉原治良さんの人間性を物語る、いいお話だと思います。

ドンゴロス(麻布)による技法と表現の追求

本江 ご自身の制作についてお伺いします。ドンロゴスと言うのかな、粗い麻布をよく使われていますけど、これはいつ頃からなんですか。

前川 粗野な風合いがもともと好きで、モダンアートでもそんな感じの作品を出していたんですが、麻布を襞に切ったような作品は六二年頃からだと思います。ただ、ドンゴロスを使っている作家は何人かいますから、それとは違うことをやろうと、四苦八苦しましたね。

本江 これは縫っているんですか。

前川 布団針で縫っています。でも、後でボンドでも充分くっつくとわかったんですけど(笑)。

本江 「つまみ縫い」って、どういう縫い方なんですか?

前川 布をつまんでミシンで縫うんです。つまんだ分の縁がどうしても余りますでしょ。それを伸ばして、平面に引っ張ってやるんです。これを見るとわかるかな?

本江 どこを縫っているんですか? あ~、よくみるとわかるね。本当だ、縫ってありますね。

前川 しばらくすると縮むんですよ。それでどこかに皺がいくんですけど、引っ張っているうちになくなってしまうんです。大変なんですけど、面白いんですよ。

本江 確かに大変な作業ですね。ところで、八〇年代に随分賞をとっていますよね。

前川 このシリーズでたくさん賞をもらったんです。皺を全部、縁に逃がしてしまう、失くしてしまうという技法が話題になりました。また別の作品は、くしゃくしゃにして絵の具をいっぱいのせるんです。ざっと混ぜて引っ張ったら隙間ができて、面白い空間が生まれるんです。

本江 なるほど、これは具体の後ですか。

前川 そうですね。具体が終わってから、自分でやることを決めていかないとならんので、これを始めたんです。評判が良くて、しばらくやってたんですけど、こればっかりはできないから、変えていきましたけどね。

本江 各々の作品に込められた思いが具体の再評価を生んだのかもしれませんね。前川さんはどうして、こうまでして画面に凹凸感を出したいんですか?

前川 ドンゴロスを使う他の作家と違いを出したいというのが一番ですね。絵の具を塗ったり、彫ったり、皺を見せる人もいますし。僕の場合はドンゴロスに、ボンドを染み込ませるんです。すごい形になるんですよ。その特性を活かした表現を追求した結果といえると思います。

本江 ドンゴロスは買うんですか?

前川 今は買いますが、昔は簡単には買えませんでしたので、米袋とか使い古しの袋を分けてもらって使っていました。それもまた面白かったんですけどね。ドンゴロスを膨らすだけの作品もあったんですけど、「あれ、これは誰々みたいや」とかいろいろ意識してしまったので、しばらく倉庫に入れておいたんです。それを引っ張り出してきて、破ってみたら、面白い形ができたんです。それから始まったんです。穴をあけるのはね。

本江 なるほどね。

前川 これなんかは、網をつなぎ合わせましてね。それで生地は自分で染めているんです。ええ色でしょ?

本江 形の根拠は何ですか?

前川 単純化ということですかね。できるだけ単純にしてあまり使われていない形にするという。

本江 具体的な何かを見て簡略して抽象にするということはないんですか?

前川 ああ、そういうのはないですね。あとで結果的に、山に見えたりとかそういうのはありますけど。

本江 瀬木慎一さんがあるエッセイで前川さんについて「人間は皮膚であり、世界は表皮であり、絵画もまた表面であるというこの画家のコンセプト」と書いているんですよ。感心したんですが、これは前川さんの言葉ですか?

前川 いや、それは、瀬木さんがそう感じてくださったということでしょうね。ありがたいことです。

具体作家の気概と理念

本江 今になって、また具体が脚光を浴びていますけど、それについてはどう感じていますか?

前川 夢みたいですね。吉原さんがよく冗談で言うてましたよ。「今に売れるよ」って。本当にその通りになりましたね。何十年も経ってからですけど(笑)。

本江 やめようと思ったことはなかったんですか?

前川 一度もないですね。なんだろう、逆にコンクール出して、落選したら、がっかりもするけど、余計やる気が出ますよね。

本江 具体のアーティストだというプライドもありますか。

前川 もちろんそれもありますけど、一人でもそうだったでしょうね。でも、具体だったことは、僕にとってほとんどすべてだったと思います。

本江 芸術家としての精神性が高いんでしょうね。

前川 自分らがやっていることが外国で認められたこと、それは大きな自信になりましたね。「浮世絵以来だ」って向こうの人はよう言うてくるんですよ。「具体はオリジナル性があるから、これこそアートや」というふうに。他のはみんな誰かの真似やと。これはルノワール、これはユトリロ、これは誰や、みたいに。

本江 海外でも評価が高いですからね。

前川 ヨーロッパで同時的に発生したアンフォルメルの人たちは、当時は「具体が自分たちを真似している」くらいのことを言うてたんですが、今になって「やっぱり認める」と言ってますしね。「この作品はアンフォルメルの作品のオマージュか」と言われても、「いやいや具体の方が古いぞ」というのが今でもよく出てくるんですよ。ですから、そういう誇りみたいなね。自分の作品でなくても、具体のメンバーの作品が高く評価されるのは素晴らしいと思うし、いつもその中にいてたいという気持ちはありますよね。

本江 今、具体の作品展を見ても古さを感じないですよね。それはやっぱり具体のオリジナリティなのかなあ。

前川 「それがオリジナルやなんて、なんでわかるの? 世界は広いのに。どっかでもうやってるかもわからんやん」と昔言われたことがあるんです。そうやって、初めから諦めているんですよね。たまたま、同じことをやっている人がいたとしても、そこは戦えばいい。それが、僕だけやない、具体の作家特有の気概とか理念やと思いますね。

本江 なるほど、各々の作品に込められたそんな思いが再評価を生んだのかもしれませんね。今の若い画家たちにぜひとも聞かせたいお話でした。今後もご活躍を期待しています。今日はどうもありがとうございました。

(2013年「月刊美術」8月号より転載)

書籍情報
書籍名:今、評価され続けているアジアのアート
発行:軽井沢ニューアートミュージアム
発売 : ‎ 実業之日本社
発売日 ‏ : ‎ 2019年8月6日

※本記事に掲載されている情報は発行当時のものです。現在の状況とは異なる場合があります。

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