ARTICLES
躍動する芸術的才能─小松美羽の世界
評価され続けているアジアのアート
8/23
小松美羽
国際的に評価されているアーティストやアジアのアートマーケットに関しての書籍『今、評価され続けているアジアのアート』をデジタルアーカイブとしてお届けするシリーズ企画。第8回目は、小松美羽をご紹介する。
躍動する芸術的才能─小松美羽の世界
王 玉齢
美術評論家
小松美羽の作品を初めて見たのは2015年の冬だった。私はその日、東京の代官山にわざわざ足を運び、世界で最も美しい20の本屋の一つに選ばれたツタヤ書店を訪れていた。書店の中をぶらぶらと歩きまわり、気の向くままに本を手にしては目を通して、ゆったりとした時間を過ごし、書店の二階にあるカフェの辺りまで進んだとき、壁の前の巨大な金屏風に目がとまった。そこにはどう猛な形相をした守護獣が描かれていた。みなぎる勢いと荘厳さに私は息をのみ、心をゆさぶられた。ツタヤ書店の書籍の中ではてしない知識の世界に導き入れられていた私は、小松美羽の描く守護獣によってスピリチュアルな世界へ、芸術の世界へと引き込まれた。
神獣や霊魂をモチーフに、天地自然の生命観を表現
中国の清の時代に呉趼人が書いた小説『晚清二十年目睹之怪現状(清末二十年に目撃した不思議なできごと)』では、「神来之筆(神の筆)」という言葉で文章や書のすばらしさが形容されている。まるで神霊の助けを借りたかのように、自然に傑作ができあがることを意味する言葉である。私は、東京と台北で小松美羽の展覧会を見、彼女がその場で創作してみせるのを見て、彼女の絵の中にこの「神来之筆」を強く感じた。
小松は、自然の景観に恵まれた日本の長野県で生まれた。彼女によると、田舎で小さい頃からよく道に迷い、不思議な様子をした様々なけものに出会い、最後にはいつも一匹の狼に家に帰る道を教えてもらったらしい。何年か後、家族といっしょに神社に行って初めて、その狼が神社の入口にある石造りの守護獣とウリ二つだということに気づいたそうで、そのときから彼女は、そうした守護獣の彫像に夢中になったという。
芸術家となった後、動物や家族が亡くなる体験をして、彼女は生死や魂にとりわけ鋭敏になり、様々な形をした神獣を描き、独特の魂の世界をつくりあげてきた。絵を描くときには必ず、経を唱えて瞑想し、天地自然の神秘の世界を感じ、狛犬や神獣たちと心を通わせ、そのうえで敬意をもって、自分の目で見た霊獣を描くことに集中する。
小松美羽はその創作で、神獣、幽霊、霊魂等をモチーフとし、わだかまりのない明確な生命観を表現する。神獣の世界は清らかだと小松は繰り返し言っている。天と地の間で、彼女は神獣を描くことで神の世界に近づき、私たちにも、宇宙に存在する無形の命のエネルギーを感じさせてくれる。
制作中の作家 小松美羽
シャーマニズムが際立つ独特な世界観
小松美羽の芸術はシャーマニズム(shamanism)の特色にあふれており、「物質と非物質の世界を結び付け、人と神の世界を結び付け、物質とエネルギーの世界を結び付けている」。彼女の創作には日本の歴史、神話、哲学の要素が包含されており、早い時期の銅版画から現在のアクリル画に至るまで、その作品の根底には伝統的な日本文化があって、日本神話の狛犬等の神獣を素材として、精緻で人の心を深く引き込む世界観を構築している。
こうした創作形式は現在、世界の画壇でも非常にめずらしく、オリジナリティが際立っている。勢いに満ち溢れ堂々とした神獣は、男性画家の作品を思わせる。これが、たおやかで繊細な女性の手による作品だとはなかなか想像がつかない。小松美羽の神獣は物語性に富み、絵の中の狛犬は神秘さ、スピリチュアリティにあふれており、彼女は細やかな線とグラデーションで不可思議な世界を描き出し、魂をゆさぶるようなその天賦の才能で人々を引き付ける。
彼女は女子美術大学短期大学部に在籍中に銅版画を始め、20歳の時に創作した「四十九日」がその傑出した技法と創意によって脚光を浴び、そこから芸術家としての道を歩み出した。芸術の世界に入ってたった七年ですでにその作品が日本で非常に崇高な地位を有する出雲大社に奉納されているほか、2016年には、庭園デザイナーの石原和幸氏との分野を越えたコラボにより、ロンドンの「チェルシーフラワーショー」(Chelsea Flower Show)に有田焼の狛犬の作品を出展し、ゴールドメダル賞を受賞した。この作品は大英博物館の所蔵品となっている。
小松美羽の芸術に対する国際的な注目度はしだいに高まっており、2017年に東京ガーデンテラス紀尾井町で開かれた個展には、三万人もの人が訪れた。その作品はニューヨークのワールドトレードセンターにも収蔵され、小松はテレビコマーシャルにも出演する等、国際的に様々な面で活躍している。
小松芸術の経済的評価と発展性
小松美羽の作品は通常大変大きく、テーマが非常に独特であるうえに、精緻で数も多くはないことから、コレクターの間では大変人気がある。2015年には,世界的オークションハウス「クリスティーズ」(香港)で、小松美羽の『遺跡の門番』(1.3×1.6m)が、見積価額の倍の20万香港ドルで落札された。若い新鋭の画家にとって、この価格での落札は非常にすばらしいことであり、将来価値があがるものと見込まれていることが分かる。
2018年には、ホワイトストーン・ギャラリー香港とホワイトストーン・ギャラリー台北で展覧会が行われたが、国際的にコレクターの高い評価を受け、展覧会の開始前に全ての作品に予約がつき、全作品が売り切れた。実際にはここ数年、小松が開く個展では開幕前に全ての作品が売り切れており、そこからも彼女の芸術的な天賦の才能、その芸術的内容が認められ、彼女の今後の発展が期待され、その芸術的な才能の将来性が高く評価されていることがうかがえる。
観衆の前で、ライブペインティングを行う小松美羽
「絵を描いて人の心を救いたい。それが芸術の責任」と作家は言う
小松美羽は、今後も限りなく成長して行くものと私は信じている。それは彼女が、自分の芸術作品に敬虔な姿勢で臨んでいるからである。その姿勢には敬服するとともに心を動かされる。彼女は、「神獣に人々が暮らす場所を庇護してもらいたい、そこに暮らす人や全ての事物が罪悪から逃れられるように守ってもらいたい」と祈りながら、一つ一つの作品を仕上げているというのだ。つまり、彼女が創作しているのは物ではない。彼女は神霊に作品の中に宿ってもらい、全ての人を守ってもらおうとしているのである。
最近行ったインタビューの際、小松美羽の話に私は深く心を動かされた。彼女は、「どの国もそれぞれ言葉が違うからコミュニケーションはむずかしい。しかし絵画にはコミュニケーションも必要なければ、蔑視もない。私は絵を描いて人の心を救いたい。それが芸術の責任だ。宇宙人が地球にやってきた時、私は地球で最初に宇宙人と絵を交換する芸術家になりたい。宇宙人にとってお金は価値のない紙だろうが、絵画は価値のある紙だ」と言ったのだ。
小松美羽は、芸術的創作によって私たちに教えてくれる。「真の心の喜びは,人が大自然の様々な存在に出会い、偉大な無形の存在から、愛とは何かを学び、成長する過程であり、内心はどんどんと清らかになって行く」と。そこが小松美羽の作品の芸術としての価値であり、人の心を動かす点なのである。
王 玉齢(ワン・ユーリン)
1986年台湾の輔仁大学(ドイツ文学部)卒業。1989年カナダ・モントリオール大学でフランス文学の修士号を取得。92年にフランス国立社会科学研究所にて歴史と映像学の博士論文提出資格者となる。台湾のアーティストマガジン「Artouch」他数誌にアートと市場分析に関する評論を100本以上発表。また、多くの国際的な現代アートについての著作を翻訳。2001年「ARTCO」編集長に就任。同年ブルー・ドラゴン・アート・カンパニーを創立。台湾のパブリック・アートの設置に100件以上関わる。関連書籍も出版。台北の故宮博物院、台北MOKA、高雄美術館ほか、中国、日本、タイ、アメリカ、カナダ、フランス、イスラエルなどの主要な美術館で50以上の展覧会企画の実績を持つ。
書籍情報
書籍名:今、評価され続けているアジアのアート
発行:軽井沢ニューアートミュージアム
発売 : 実業之日本社
発売日 : 2019年8月6日
※本記事に掲載されている情報は発行当時のものです。現在の状況とは異なる場合があります。